オーディオシェフ vol.2 音源の秘宝
―音色のフルコースをご賞味ください―

東北学院大学 白石 成花

黄砂舞う定禅寺通。まだ春には早い寒々とした冬の舗装路を、私はせんだいメディアテークへと急いでいた。メディアテークの地下一階準備室。この部屋は今となっては懐かしいが、私たちがインターンシップ実習で学んだ時に使った部屋だ。普段使わない家具や展示台などが納められている倉庫の様な部屋だったが、私達実習生の仲間達でこの日の為に整理や掃除を行い音楽鑑賞の会場へと作り変えたのだ。

オーディオシェフ

この部屋の天井は空調設備の配管などがむき出しになっていて、例えるとしたらレストランの厨房の様だ。この部屋を一日限りの会場として開催する「オーディオシェフ」は今年で2回目。この鑑賞会は私の父母の世代の参加希望者の応募が多く倍率も高いと聞く。普段小型ヘッドフォンで音色を聞くというよりは、背景の音として持ち歩いている私にとっては、この世代の情熱はあまりピンとこなかった。

オーディオシェフ

しかし、それは新鮮な体験だった。前日、準備の時。オーディオシェフの本間武昭さんは、クラシックやロック、ジャズなど多彩なジャンルの機器のメモをメニューに書き込む。タイムリミットの最後の最後まで調整をやめない。私自身うっとりと聞き入っていても、スピーカーから浪々と流れでる音を、まるで皿から皿へ気に入った盛り方ができるまで何度も移し変えるフレンチの料理人のように、何度もスピーカーやアンプを試されている姿が印象的だった。

オーディオシェフ

当日。私は既に数曲目で心地よく会場を漂う。プログラムが進むにつれ、聞き入るお客さんの気持ちも温まってきたのだろうか。私も、シェフも会場全体も和やかなそれでいて一筋の線の上を集ったみんなで歩いているかのような一体感に包まれる。心の琴線に触れるとはこういう状態なのか。などと、その得も言われぬうとうととしたムードに酔っていた。毎日のように耳を塞いでいたあの「音達」とここでの「音達」は何が違うのだろう。ここでの「音達」は断然やさしくてあたたかい。

オーディオシェフ

さらに聞き入る。レコードに針の落とす音、スクラッチの音、進行役のNHK杉尾アナのトーク、本間シェフの調理した音色、全体の雰囲気は昔聞いた深夜の短波ラジオのようである。素晴らしい!の一言に尽きるのだが、私にとってはどこか懐かしい音の世界でもある。しかし、ラジオと違うのは組み合わさった時のスピーカーが奏でる圧倒的な音声の迫力である。例えば「Time To Say Goodbye」を聴いた時、そのヴォーカルに鳥肌が立った。「Amazing Grace」は教会で聞いているような荘厳な響きだ。本間シェフが長い間、研究し続けた真空管アンプとスピーカーという魔法は私を虜にした。

オーディオシェフ

しかし最後の本間シェフの言葉は私には意外なものだった。「オーディオの音は生の音楽(ライブ)にはかなわない。良い音楽体験は生の音を聞くことにある」と。これだけのオーディオ研究家なのに未だ到達しきれない領域があるのかと私は驚いた。オーディオの世界は深くて果てしない。スピーカーやアンプの状態によって二度と同じ音質で聞く事はできない。だから、楽器から奏でられる生の音や人の声を直接聞いて感動することが、実は「聴く」という行為の本質であり、オーディオの役割はその感動を蘇らせる再生装置であるという潔いシェフのスタンスに二度驚かされた。

オーディオシェフ

全てが終わり今は何より心があたたかい。私は今日、準備室という厨房から運ばれ出る「音達」を多くのお客様とともに心ゆくまで堪能した。シェフが悩み抜いた末、手づくりの真空管アンプ、時代を経た貫禄あるスピーカーを通して提供された料理(音楽)は、今日ここだけの一皿、一皿として振舞われ、私たちの体に残った。私はまた朝来た寒風吹きすさぶ常禅寺通りを通り帰路についたが私の心と体はもう寒くなくなっていた。

これまでのイベント報告

オーディオ・シェフ vol.1秘密のレシピ公開 レポート