せんだいメディアテーク
メディアテーク・ダイアリー

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最終更新日:2002年1月26日

概要

パラダイム・シフトの時代に対応するメディアテーク

石井威望写真石井威望 (せんだいメディアテーク名誉館長)

「これから5年先、10年先の社会はどうなるんでしょうか?」

最近私はよくこんな質問を受けます。しかし、この質問は、何年後の世界が予測可能である、または、世界の変化は緩やかで、かつ連続的である、という考えがもとになっています。そんなとき、私は答えに代えて、「バタフライ効果」という複雑系の話をします。「北京で小さな蝶が葉っぱの上でパタパタと羽ばたく。やがて時間が経過すると、ニューヨークで嵐が起こったりする」というように、蝶の羽ばたきというごくわずかな変化が原因となって、予測がつかないような振る舞いが現われ得る、という視点です。私たちは、原因と結果がよく見通せた時代、あるいは、小さな出来事が比例的に拡大してもそれは予測可能な範囲内におさまるという時代には、もはや生きていないのです。このような認識を前提にしないと、時代の本質を見誤ることになります。

いま、パラダイム・シフト(大きな構造変革)の時代が訪れています。IT(インフォメーション・テクノロジー=情報技術)革命の時代であるともいわれていますが、その背景には、大規模な集中管理型のコンピュータによって「中心と周辺」の構造が明確にシステム化され、いわゆるメインフレーム型のシステムによって構築されていた社会、文化、経済のシステムから、インターネットに代表されるような、開放的なネットワークを介した偏在するコンピュータの集合体への転換、という現象があります。システムのコスト当たりのパフォーマンスは何倍もよくなりました。

けれども、そうした開放的なネットワークの特徴は、全体を統制する主体のない、自由で、開放的なシステムにおいて、効率上昇とともにゆらぎの増大が起こり、いわば混沌としたカオスの境界で、自己組織化が始まります。これこそ、複雑系の特徴といえるものです。インターネットの世界では、リナックス(Linux)が、その好例でしょう。

フィンランドの青年リーナス・トーバルズ(Linus Tovalds)は、それまで企業の独占的ノウハウとされてきたオペレーティング・システム(OS)の世界を一変させました。自分が作ったソフトをインターネット上で公開し、誰もがそれにアクセスし、場合によっては改良することもできるという方式をスタートさせたのです。世界中の頭脳がこのソフトの改良にチャレンジし、いまやリナックスは、巨大企業マイクロソフトのWindowsと並ぶOSとなっています。この例からわかることは、より多くの人に開かれた世界が、よりよいものを生み出していく可能性を持っているということです。

また身近な例としては、iモードのような、インターネットに接続できる携帯電話のサービスがあります。いつでもどこでも、何千万人の人々が自由にインターネットを使いこなし始めているという日本の現象には、世界が驚きをもって注目していますが、このような現象を誰があらかじめ予測し得たでしょうか。私も、iモード携帯電話を常にメールに利用しています。最近は、会議中でも、講演のあいだでもメールのやりとりをしています。たとえば、会議中であれば、秘書から来た連絡にイエスかノーかという定型文の返事を出したり、講演中には、そのようなシステムを応用した即時アンケート集計ソフトを使って、その場の参加者から「分かった」「分からない」、「面白い」「面白くない」といった意見をリアルタイムでメールで出してもらったりしています。つまり、インターネットに接続した携帯電話を使って同時に複数ワークをこなすマルチタスクを実践しているわけです。しかしながら、このようなマルチタスクの使い方が携帯電話にシステムとしてあらかじめ組み込まれていたわけではありません。ビジネスマンから高校生まで、じつにいろいろな人が仕事や遊びでiモードのような携帯電話を使っているあいだに、自然と使い道がシステムとして工夫され、組み込まれていったのです。つまり、自由で開放的なシステムが日々自己組織化されていく様を、私たちも携帯電話を通じて目の当たりにしていると言えるでしょう。これは、大きなパラダイムの変革と言えましょう。

パラダイム・シフトの時代を説明するのに、私は「コンバージョン(転換、転向)」という言葉を強調しています。では、パラダイム・シフトによって何が変化するのでしょうか。じつは、最も変化するのは、人間の考え方に他ならないのです。人間には、変化に柔軟に対応する素質が組み込まれているように思われます。人間はある意味では変化を恐れる存在ですから、ふだんはそれを抑制する傾向ももっていますが、いったんその抑制が外れてしまうと、容易にその変化に引き込まれて変身してしまうという性質もあるのではないでしょうか。「ITといっても自分は分からないなあ」という人や「そんなものがなくとも十分やっていける」という人などさまざまだと思いますが、昨日まで「ITなんて要らない」と言っていた人が、急に変身し他人に勧め出したという例は、皆さんの身近にもあることでしょう。ちょっとしたきっかけで、それまで絶対反対と言っていたような人でも変化の渦中に引き込まれて賛成者になってしまうという「引き込み現象」が起こるのが、パラダイム・シフトの時代の人々の考え方の変化の特徴のようです。一度、ある方向へ変わり出すと、雪崩のように急激に加速していくのです。

せんだいメディアテークは、「オン・プロセス(動きながら考える)」をモットーに開館しました。そして、開放的で予測不可能なこのパラダイム・シフトをさまざまなかたちで先取りし、シンボル化するという役割を担う筈です。したがって、せんだいメディアテークは、3年後、5年後にはこうなります、という固定的で線形的な計画・予測ではなく、その時々に知恵を出し合いながら、予測不可能な動きをはらみつつ柔軟に進んでいくと思います。初めはカオスかもしれません。しかし、そういうところから自己組織化によって何かをつくりあげていく、クリエイティブな側面を大事にしたいと思います。

図書館や美術館など従来の公共施設では、利用者は直接施設を訪れることを前提にしてきましたが、せんだいメディアテークは、リアルなメディアテークとヴァーチャルなメディアテークが同時に、かつ同等の比重で存在する仕組みです。実際に来館することができる一方で、ネットワークを通じて情報を得たり、自ら情報発信したりすることもできるという意味で、せんだいメディアテークは、固定したひとつの役割に留まることなく、多様なアクセス体験を可能とする新しい機能の施設として、絶えず次の「プロセス」を生み出し続けていくことでしょう。

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