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2017年11月09日更新 失われた村の風景を記憶しなおす 失われた村の風景を記憶しなおす

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【くわだてのいきさつ】

 いま、宮城県黒川郡大和町升沢地区には、集落としての姿はない。しかし、かつてここは、船形山(ふながたやま)への登山口となる最奧の村があった。伊達藩の時代、升沢には出羽へ抜ける街道の関所として藩の御番所が置かれ、近代は薪炭などの山林資源の供給地となり、戦後は用材の伐り出しでにぎわった。移転までの近い時代は、船形山登山口として登山愛好者たちに親しまれていた。また船形山系の広大な森林に抱かれ、山間集落の貴重な民俗の余韻をとどめ、かつては郡域を超えた多くの参詣者をひきつけた作神である船形山神社は、その村域に位置していた。

 隣接する陸上自衛隊王城寺原(おうじょうじはら)演習場が、沖縄米軍の実弾射撃訓練を受け入れ、その砲撃音などの補償として、1997年から升沢地区集団移転事業が開始された。2000年には、村人はすべて、家を解体し土地を更地にして、麓の三峰地区に集団移転した。

 そんななか、1999年から2003年まで、大和町と東北民俗の会の共同で、升沢地区の民俗全般を対象とした記録保存調査が行われた。その調査に参加していた同会の手代木信成(てしろぎ のぶなり)氏によって、移転前後の村の家々や人々、そして村の暮らしや自然の風景が、多数の写真によって記録された。そのなかの一部は報告書『升沢にくらすー集団移転に伴う調査報告書ー』(2003 宮城県大和町教育委員会) に収録されたが、その他多くの調査時の写真は、手代木氏の手許に保存されていた。

 約二千枚にのぼるこれら写真群は、集団移転によって失われた山間集落の暮らしの風景を、さまざまな側面から写し取っている貴重な資料であり、さまざまな人々にとっての「記憶の窓」である。ただ、その貴重さは、一枚ごとの撮影内容についての撮影者・調査者・村人の「記憶の言葉」があってはじめて、より有機的・立体的に浮かび上がるものと考えられる。

 そこで、調査に参加した同会の小田嶋利江が、これらの写真フィルムをデジタル化し、附番し、各写真に資料情報と撮影者手代木氏の「記憶の言葉」を付して資料目録を作成することを企画した。

 この目録作成作業は、撮影写真にまつわる撮影者・調査者の記憶知識を呼び起し、連携させ、各写真の状況背景を示し、写真群全体を有機的に関連させることを目指している。この営みは、当事者にとっては写真を介した再記憶と言えるかもしれない。

 

 

【しごとのだんどり】

 この企画の作業全体は、「手代木信成氏撮影の升沢関連写真フィルムのデジタル化と資料目録作成」とくくることができる。

 なお、写真フィルムの内訳は、大判リバーサルフィルム4枚、中判リバーサルフィルム327枚、35mmリバーサルフィルム1586枚、合計1917枚である。

 作業を始めるにあたって、大まかな手順については次のように予定している。

(1) フィルムを撮影者の分類番号により分類し並べなおす。

当初、手代木氏自身が撮影内容により分類番号と文類内の通し番号を付し、それらによって分類整理していた  が、報告書への使用や東日本大震災などにより、一括されているものの番号はかく乱されていた。本作業に入るための準備作業として、それらの番号によって整序し、当初の分類整理の形にフィルムを並べなおす。さらに、番号のふられていないフィルムも、撮影内容により分類して当該分類に含める。

(2) フィルム全てに通し番号を付す。

並べなおされたフィルムに、フィルム形態別に通し番号を付す。たとえば、手代木資料のうち35mmリバーサルフィルムのNo.1は、〈TG35-0001〉と附番される。

(3) 各フィルムに付随する情報を通し番号のもとに集積し、基礎となる資料目録を作成する。

手代木氏は、各フィルムのケースに、上記の分類番号のほか、撮影年月日、場所、被写体などの情報を書き込んでいる。またケースの上部小口には、特定のテーマごとにマジックやペンなどで分類のための様々な線を入れている。それらの情報を通し番号のもとに集積して一覧表にし、これを目録の基礎台帳とする。

(4) 各フィルムをデジタル化し、そのファイルに元フィルムの通し番号を付す。

(5) 通し番号によって連携した資料目録とフィルムのデジタルデータを一括して保存する。

(6) 手代木氏とともにデジタル化したフィルムの映像を見ながら、個々のフィルムから想起する記憶と知識を語っていただき、その情報を資料目録に追記して、目録を完成させていく。

 

 

 

【土地の人からもらったことば】

 

雪・山・人

 

 うん、(冬でも死者を埋めに)行ぐよぉ、雪掃って。だから、雪掃って行ってぇ、こご土葬だったからむかし、ほれ雪さぁ、五尺も六尺も降んにいいっちゃ。その晩に土掘っていぐど、おどげでねぇがら、土までいがねぇでは、(遺骸を)雪さ埋めで、春、出したこどあんだ。一日、掘りつけらんねぇはんで。

 ああ、むかしほだね。なんもかんも、十尺(じゅっちゃく)くれえあったっつんだは。こご全部ね、雪んなってさ、こゆな木全部隠れてさは、雪ばりになんだ。ああ、真っ白い銀世界になんだ。なぁスキーでどこでもぶっ飛んで歩くのさ。うん、まず乗(ぬ)さってね、遊ぶんだ。

 こごの雪っつの、降りがいいとぎ、スキーなどきがねぇんだぉね。ぬかってっから。うん、ドボーッて入ってっからしゃ、上げんのにかかるは。それぐれえ柔いんだぉね。うん、(きくのは)カンジキだけだ。

 そのかわり、春三月になっとさぁ、さぁ、長靴いっぱんで、どこまでも行ぐにいいんだ。船形山まで。全然(じぇんじぇん)ぬがんなぐなって、春の月だから、ああ、雪固まっからさは。ただ川さけ気ぃ付ければ。みな川、(雪が)掛かってっからね、あっちさ行ぐど。

 だいたいあの、朝にさ、吉岡さ下がって。晩方、雪いっぺぇあっとこのさ、人歩く、狐一匹歩ってったような跡っこや、ズアーッと、低(ひぐ)くなってるばんで。ちょうど、狐っこなんか歩くよな、雪の跡っこばりだもん。まあっつぐにや。ちょうど、あんた歩った跡、それっきりだもん。追付(かっつ)ぐも追越(とっこ)すも、しらんねぇから。ああ、淋しいような、ほんとに悲しいような。そゆよなとこ歩って、用足しして食ってたんだからさは。想像つかねんだ。

 

[東北民俗の会編『升沢にくらすー集団移転に伴う民俗調査報告書』(2004 大和町教育委員会) P.236]


 

「失われた村の風景を記憶しなおす ー集団移転した大和町升沢地区のデジタル化と目録作成ー」小田嶋利江