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プロジェクトリスト | 記録と想起・イメージの家を歩く

2014年12月24日更新 ギャラリーツアー 第4回

20141214日に第4回目のギャラリーツアーを行いました。

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ツアーのホストは、参加作家の小森はるかさん、瀬尾夏美さん、メディアテーク学芸員の清水チナツです。今回は、作家一人ひとりの記録の背景について触れ、震災と向き合うそれぞれの姿勢と方法に着目しながら進んでいきました。

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▲小森はるかさんと瀬尾夏美さんの部屋です。

部屋はふたつ続いており、その中に展示されている作品群は『波のした、土のうえ』と題されています。ひとつめの部屋の「2011年-2014年」は、小森さんと瀬尾さんが震災後に移住した陸前高田市の人びとの感情と風景を描いた絵画や写真、文章で構成されています。

震災後、小森さんと瀬尾さんはボランティアとして東北を訪れ、現地の人たちと出会う中で、その人たちの目と口の代わりになって伝える役割を感じたといいます。そして、東北へ通いながら東京や京都など各地で報告会を開き、自分たちが見聞きしてきた状況を正確に伝えようとしてきました。しかし、"テレビで見たからもう知っている"というように、次第に響きにくさを感じるようになり、自分たちの「伝える」ということの精度に意識が向くようになっていったそうです。「土地の話を聞き、風景の変化を見続けて、移り変わりを感じられるような身体をつくることがまず大事だと思ったんです。そのためには土地の中に入って暮らすのがいいのではないかと思い、陸前高田へ引っ越すことを決めました。土地に暮らすというのは、そこにある歴史などの情報をインプットすることですし、町の人びとの表情の毎日の変化を、風景のちょっとずつの変化とともに照らし合わせて見続けること。状況に自分の身体をさらし、露光し続けるようなことなのかなと思っています」と瀬尾さんはお話ししてくださいました。

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また、清水チナツより『波のした、土のうえ』と題した経緯について訊ねられると、瀬尾さんはご自身の思いを言葉にしてくださいました。

「この展覧会に出品した作品は、私たちが3年間やってきたことを一度まとめるようなものでもあって、まずはじめに、自分たちはこれまで何を見てきたのかということを考えました。私はいま現在ある風景から、ずっと遠い過去もずっと先の離れた未来も見えるような気がしていたのですが、実際は、波に流されたところと、土の上にちょっとだけ残った時間の堆積との間を見続けることしかできなかった。でも、そのちょっとだけ残った堆積した時間と対峙することで、すこしだけ過去、すこしだけ未来というものが地続きに見えてくるような感覚がありました。津波に遭い、よく『何もなくなってしまった』とおばあちゃんやおじいちゃんは言うのですが、私はそうは思っていなくて、波の下と土の上の間に少しだけでも残っているものがまだたくさんあると思いました。

『何もなくなってしまった』という言葉の響きには、過去と未来が切り離されてしまうような感覚があるけれど、おばあちゃんたちが『美しい町だったんだよ』『大好きな町だったんだよ』と言っていた過去というものと、『これからどんどんいい町をつくっていくんだよ』という未来は必ず繋がっていくものだし、繋がっていないといけないものだと思っています。私は絵を描いているのですが、波の下と土の上の間の表層にせめて残ったものを、ただ写真で切り取るのではなく絵に描くことで、視点の揺らぎをもたせています。誰かの話の記憶や未来の風景が織り混ざる、あるひとつの視点から揺らげるところとして、絵画や創作、私がいるということがあり得るのではないかと思いました」

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▲ふたつめの部屋の「2014年」は、陸前高田に暮らす3人の方の半生や思い、風景の変化を描写した映像作品です。生まれてから町で過ごしてきた思い出や記憶、いま抱えている気持ちなどについて一人ひとり語ってもらったことを、瀬尾さんが一人称の文章にまとめ、それを語った方ご本人に渡して読み直してもらい、録音した音声に小森さんが撮影した映像をつけるといったかたちで制作されました。

「語ってくださったみなさんは、自分が語った言葉がテキストの上に蘇ってくる時、『申し訳ない』『悲しい』『さみしい』などの言葉ひとつにしても、その時の自分の気持ちと言葉がどう結びついているか考え、本当にこの言葉でいいのだろうかと悩みながら、時間をかけて声に出していくという作業をされていました。また、言葉は、亡くなった方たちへの思いや失ったものによって判断されている部分が大きいというのを朗読の過程で感じました」と小森さんはお話ししてくださいました。また、今後も引き続き、この手法で数名の方の映像をつくり、ゆくゆくは亡くなった方の言葉を一人称にして映像に現すことに取り組んでみたいと思う、とも語ってくださいました。

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▲すべての部屋をめぐり、最後にメディアのあり方を問いかける言葉が清水チナツより語られました。

「今回の展覧会の関連企画として、11月30日に『震災とメディア技術』をテーマとしたてつがくカフェを開催しました。その時の対話では、〈メディア〉という言葉が醸し出すイメージや、記録するという行為にも、誰かから何かを奪ってくる、あるいは、思っていることと違うことを一方的に伝えてしまうような暴力性があるのではないかといった議論が起こりました。けれども、震災を経験した私たちが、今後、記録をしたり何かを媒介したりするということをどう捉えるのかと考えた時、必ずしも暴力の側面だけではなく、誰かに寄り添ったり、じっくりと対峙したりする〈やさしいメディア〉もあり得るのではないかと対話の流れが変わっていきました。

〈やさしいメディア〉と聞くと、うさんくさい、という印象を受けられるかもしれませんが、誰かが直面している状況や気持ちに触れる暴力性や不可能性を胸に抱きながらも、その人に隣り合うように記録し続けるという営みであり、また、つらい物事などをありのままにただ投げかけるのではなく、相手に届くかたちで伝えるための〈配慮〉や、時代や場所を越え人々のなかに確かに残していくための良い意味での〈したたかさ〉をもった記録の方法でもあるのではないかと思います。そのようなことに挑戦したのがわすれン!の参加者のみなさんであり、今回の展示であると思います」

12月29日から1月3日までは休館となりますが、展覧会は1月12日まで続きます。

ぜひ、ご来場ください。