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せんだいメディアテークのアーカイブは、メディアテークを媒介とした市民のみなさまの参加・協働による地域文化の創造・発信の記録と成果を紹介するものです。

 

レポート

地域再生シンポジウム「聞くこと、語ること〜震災の経験に学ぶ」報告

レポート:企画・活動支援室 林 朋子

10月30日、地域再生シンポジウム「聞くこと、語ること〜震災の経験に学ぶ」(主催:産経新聞社、協力:国立民族学博物館、一般社団法人震災リゲイン)に鷲田館長がパネリストとして出席しました。会場は、大阪駅北地区「うめきた」に位置するナレッジシアター。平日の午後にもかかわらず、会場はたくさんの来場者で埋め尽くされました。

写真 会場風景

開演前の様子、たくさんの方が会場に詰めかけた。

 第1部では、3がつ11にちをわすれないためにセンターでも活動していた酒井耕、濱口竜介両監督による『なみのこえ 気仙沼編』ダイジェスト版の上映が行われました(作品情報はこちら: http://silentvoice.jp/naminokoe/)。

 第2部は鷲田館長による基調講演「語ること、忘れないこと」。鷲田館長は「今日の大部分はメディアテークのスタッフとしてお話します」と、東日本大震災後、東北と関西を頻繁に行き来してこられた経験をもとに、ひとつひとつ言葉を選びながら、今、この日本に暮らす私たちが考えるべき課題、特にシチズンシップ(市民性)の成熟の必要性について語りました。シチズンシップとは、私たち一人ひとりが行政や企業のサービスの顧客になるのではなく、社会運営に主体的に関わっていく、あるいは、その運営方針について価値判断ができるようなアクティブな市民になることであり、今、その力を取り戻すことこそが重要なのだと説明しました。
さらに今日のテーマに寄せて、私たちに深い痛みと大きな課題をもたらした今回の出来事について忘れないためには、単に記録するだけではなく、「物語」や「表現」の力を介在させることの重要性を指摘しました。例えば、『なみのこえ 気仙沼編』を含む酒井・濱口両監督の東北記録映画三部作は、「親しい者の間の自然な対話」の記録に見えるけれども、実際はそうではなく、カメラがあるという場であるからこそ初めて語られる物語の記録であり、そいう意味で、この作品は「記録という表現」であり、だからこそ、私たちの心に直接届くものになっているのだと解釈しました。メディアテークで取り組んでいる「3がつ11にちをわすれないためにセンター」の活動で感じている「報道映像との違い」の曰く言いがたい部分に、鷲田館長が言葉を与えてくれたようにも感じました。

写真 鷲田清一氏

基調講演では、東北と関西、それぞれの立場を行き来しながら丁寧に語る姿が印象的だった。

 第3部は「聞く力、伝える力~震災の経験に学ぶ」をテーマにしたパネルディスカッション。

 吉田憲司氏(国立民族学博物館教授)の進行のもと、酒井耕氏は表現者の立場から、岩井圭司氏(兵庫教育大学教授)は精神科医の立場から、橋本裕之氏(追手門学院大学地域文化創造機構特別教授)は民俗芸能支援の立場から、岩崎昭子氏(岩手県釜石市の旅館「宝来館」の女将)は当事者の立場から、それぞれの取り組みを発表されました。
最後には、急遽岩手から会場に駆けつけた北村弘子さん、藤原マチ子さんによる、震災の記憶を歌い継ぐ相撲甚句が披露されました。謡い手の全身から溢れ、また絞り出される「声」に、時や場所といった隔たりを一気に越え、あの時の記憶や想いが直接心に届いてくる、そのような表現の力をまざまざと実感させられました。

写真 第三部パネルディスカッション

右より、岩崎昭子氏、橋本裕之氏、岩井圭司氏、酒井耕氏、鷲田清一館長、吉田憲司氏。中央は相撲甚句を披露された北村弘子氏と藤原マチ子氏。

最後に、東北に通うなかで見い出した希望として、震災後若い世代が増えた地域があることを話されました。若い人たちが地域に移り住み、そこで積極的に地域の役割を担っていくこと、そして人生の先輩である年配者がそれを支えていく、世代間のフォロワーシップによって「市民力」が培われてこそ、地域の再生が進んでいくのではないか。鷲田館長は、このように会場に問いかけて会を締めくくりました。

東日本大震の記憶をいかに受け継いでいくか、そして今回の経験を通じ、私たちはこれからどのような社会をつくりだしていくのか、さまざまな課題とヒントを得られた3時間半のシンポジウムとなりました。

*このシンポジウムの様子は、2013年11月23日付産経新聞全国版朝刊で紹介されています。ぜひご覧ください。