イベント報告

基調講演 「市民の記録映像の魅力ー『あなたと作る時代の記録 映像の戦後60年』を通じて」 村松 秀(NHKエデュケーショナル エグゼクティブ・プロデューサー)

村松秀氏

本番組が制作されたのは2005年、戦後60年の節目の年。市民の記録した映像から改めて戦後を見直したとき、また違うものが見えてくるのではないか、そのような思いから番組を企画したという。個人で撮影した映像の募集を始めたのが2004年半ば過ぎ、その呼びかけに応える形で約700人から数千本のフィルムが寄せられた。村松氏が主に担当したのは、高度成長期にあたる1960年から1975年。番組制作の過程で村松氏自身が感じた市民の記録映像の持つ力や可能性について、具体的な事例を紹介しながら話は展開された。

  • 基調講演の続き1

    基調講演の様子

    まずは視点を転換させる力。1970年に開催された大阪万国博覧会。マスメディアは、万国博を日本の高度成長を支える華やかなイベントとして伝えた。市民から寄せられた万博を記録した数多くの映像の中のひとつに、万博のパビリオンが取り壊される様子を記録した映像があった。経済成長が国民にもたらす幸福や輝かしい未来といった万国博のイメージの一方で、村松氏は、この市民の記録した映像から華やかな舞台裏で、使い捨てや消費の時代へとシフトしていく様子を読み取った。もうひとつ事例として挙げられたのが、公害の問題。番組の募集に応じ、四日市ぜんそくの認定患者である母親を撮影したフィルムを提供した市民がいた。意外なことに、その市民が撮影したすべてのフィルムの中で、母親の病床の様子を記録した映像はたった17秒しかなかった。。母の苦しむ姿よりも、元気な母親の姿をフィルムに収めようとしたのだ。また、撮影者である息子の話によると、当時被害者意識はあまり無く、むしろ工場の煙は町の発展を象徴するものであり、自慢でもあったという。マスメディアは、公害というと問題ばかりを取り上げがちだが、市民の残した映像は、その単一的なイメージに対するひとつの問題提起にもなっており、公害問題の本質がまた違って見えてきたという。これらの映像は、視点を転換させる市民映像の力を強く村松氏に印象づけた。

    次に触れたのは、市民映像の同時性、多様性が集積して生まれる価値があるということ。例えば、東京オリンピック開会前の聖火リレーの様子。この映像は全国都道府県各地から多くの応募があったが、個人の撮った断片的な映像を集積させることによって、マスメディアでは報道されることのなかった、リアルな当時の市民の期待が伝わってくる。

    • 基調講演の続き2

      基調講演の様子

      さらに、話題は市民の記録映像から現代に生きる私たちがいかに意味を読み取ることができるか、という問題へと展開した。例えば、1960-70年代、ベランダばかりを記録した映像や、一軒屋に住む家族のクリスマス会でプレゼント交換を行っている様子を記録した映像。何気ない風景であっても、そこから、核家族化や「消費は美徳」と言われる消費社会への時代の節目を読み取ることができるという。また、複数の記録映像を繋ぎ合わせることで、当時の時代背景をも新たに浮き上がらせることもできると村松氏は指摘した。東京駅での蒸気機関車のさよなら運転の様子を記録した映像や、日本最初のテーマパーク、ハワイアンセンターで家族が遊ぶ様子を記録した映像などを繋げてみせることで、石炭から石油へ、大量消費社会へ、といった時代の変化を読み取ることができる。

      以上のように、市民から寄せられた膨大な記録映像から番組のために映像を選び、そこに意味を付与していくという制作プロセスの中で、村松氏は、市民映像を収集することの意義はもちろんのこと、残された映像を読み取る側の責任の大きさを痛感したという。適切な歴史観を持つこと、そして、決して観る側の歴史観を押しつけるのではなく、記録された映像に謙虚であり続けること。その重要性を強調して講演は締めくくられた。

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事例報告

  • NPO法人20世紀アーカイブ仙台 坂本英紀 佐藤正美

    渡辺保史氏

    同協議会では、2003年より公立はこだて未来大学と提携し、市立中央図書館や市民と共同する形で、函館に数多く眠る古写真や古地図、古文書やポスターなどの歴史的文化資源のデジタルアーカイブ事業に取り組んできた。公立はこだて未来大学の川嶋稔教授が研究開発の中心メンバーとなり、2007年にはこれらのデータのウェブ上での公開も実現し、現在では誰もが自由に閲覧することができようになっている。また、このようなアーカイブそのものの活動と平行して、アーカイブデータを活用したカレンダーの制作やパネル展、上映会やCATVと連携した番組制作など、市民向けのイベントを実施し、その成果を広く公開するよう努めている。さらに、近年は、デジタルアーカイブを鑑賞するだけではなく、古写真のスライドショーとあわせて、それに触発されて語られた思い出話を同時に音声で収録し、まちの共有の記憶としてアーカイブするといった新しい取り組みも行っているという。

    渡辺氏は、函館の特徴は、出来る範囲で大学や行政、小さな企業といった主体が緩やかに連携し、オープンな形でデジタルアーカイブ活動が展開されているところにあると話した。ひとつの団体が独占的に行うのでなく、さまざまな解釈の余地を残しつつ、技術をつくる人、使う人が連携しながらデジタルアーカイブを作っていくことが重要なのだという。さらには、デジタルアーカイブは、郷土の文化活動、ITの活用という観点でだけではなく、街づくり、都市再生の観点からも有効ではないか、つまり、シビックプライドを獲得するためのひとつの道具として活用していくことができるのではないか、という提案もなされた。科学・情報技術をどのように地域に根付かせるか、あるいは、デジタルとリアルとのつながりをどのようにデザインするか。情報デザインが専門の渡辺氏ならではの言葉で発表は締めくくれられた。

  • NPO法人20世紀アーカイブ仙台 坂本英紀 佐藤正実

    坂本英紀氏

    古き仙台はどんな姿だったのかを 多角的に捉えて、それを多くの市民に伝え、 過去とのつながりを実感できるよう、映像・写真・音楽などをアーカイブ化して後世に残すことを目的とし、今年6月に設立した団体。立ち上げのきっかけとなったのが、昨年にメンバーが「ホームムービーの日」の仙台会場の世話人を担当したことだった。企画を運営する中で、アーカイブの緊急性を再認識し、有限会社クリップクラブは動画、有限会社イーピーは出版、東北放送施設はアナログ音源と、それぞれの得意分野を持つ3者が集まりNPO法人を立ち上げた。

    佐藤正実氏

    クリップクラブの坂本氏は、1998年より8ミリフィルムの変換を手がけており、その中で、公共性のある映像について、お客様に二次使用の許諾を得て活用できるようアーカイブしてきた。現在までに二次使用の許諾を得てアーカイブした資料は90巻にのぼる。(有)イーピー「風の時」編集部の佐藤氏は、自身も復刻版などを手がけてきた絵葉書の資料的価値について指摘した。制作が開始された明治時代半ばころは、観光地や寺社仏閣に限らず、事件や事故、日常風景などを絵柄とする絵葉書も数多く制作され、一種のメディアとしても機能していたという。また、絵葉書は、消印や切手、キャプションによって時代・場所の特定が比較的安易なため、他の資料を読み解く上で重要な一次資料になりうるという。具体的な事例として、絵葉書を細かく読み説いていくことで、仙台七夕まつりの飾りの変遷など、新しい事実が見えてくることもあるという。佐藤氏は、これらの活動を紹介するなかで、誰でも利活用できる仕組みをつくる上で、「分類」の大切だと話した。最後に、今後の活動を展開していくなかで、関係機関との連携体制の構築が課題であるとも指摘した。

  • 横浜コミュニティデザイン・ラボ 杉浦裕樹

    杉浦裕樹氏

    現在開催中の「みんなでつくる横浜写真アルバム」は、誰でも横浜の歴史を記録した写真をウェブサイトに投稿し、自由に活用できるデジタルアーカイブ・プロジェクト。杉浦氏も所属する横浜市民メディア連絡会が、市民の手によるアーカイブ活動がシビックプライドの醸成にも役立つのではないかと横浜市に提案し、採択された「市民参加で構築するデジタルアーカイブを利用した横浜の文化伝播と往来の研究」の成果をふまえて実現したものだという。このプロジェクトには、さまざまな団体、企業などが連携して取り組んでおり、3月の開始から現在までに163人が登録、2,200枚もの写真データが投稿されている。また、ウェブ上の展開だけにとどまらず、実際に地域にスキャンコーナーを設置したり、デジタル化した写真を見ながら語り合う場をつくるなど、地域で起こったことを地域に還元し、共有できるような仕組みづくりにも同時に取り組んでいる。現在抱えている課題は、イベント終了後も、これまでの取組をいかに継承・発展させていくことができるかという点だという。人や拠点や企業など、横浜ならではの豊富な地域の資源を巻き込んで、サポーターを育成しつつ、蓄積されたデジタルアーカイブを学校教育や、生涯学習の場で活用できるように発展させたいと杉浦氏は語る。

    次に触れられたのは、都市間の連携について。具体的な事例としてはBankART1929が始めた「モボ・モガを探せ!プロジェクト」が紹介された。モダンボーイ、モダンガールが映っている写真を探そうというプロジェクトで、横浜、神戸、函館、新潟、長崎の5都市の大学やNPOなどさまざまな団体が連携したアクションになっている。その他にも、函館の川嶋教授、沖縄のNPOなど、住民参加型プロジェクトの都市間の連携も進みつつあるという。デジタルアーカイブの場合、タグなどの情報入力の仕組みや、クリエイティブ・コモンズなどのライセンスの標準化など、技術的な側面も重要であり、この問題が解決できると、日本各地の市民から寄せられた写真が、皆で容易に共有できるようになるのではないか、そのような可能性も示唆された。

  • remo[NPO法人記録と表現とメディアのための組織] 松本篤

    松本篤氏

    個人によって記録された8ミリフィルムやビデオなどを収集・公開・保存・利用するまでの一連の仕組みづくりを推進するAHA!project。今回は、具体的な活動の様子を、実際の映像も交えて紹介された。AHA!では、8ミリフィルムを収集する方法として、回覧板で地域の各戸に呼びかけ、連絡のあったお宅を実際に訪ねて一緒に映像を観る「出張上映会」というスタイルをとっている。ここでは、フィルムをご家族と共に観て、またゆっくりと会話の時間を設けながら、映像にまつわるさまざまな記憶を聞き取る。フィルム所有者との信頼関係を丁寧に築きながら、地域にゆかりがあり、かつ所有者から公開の許諾が得られた映像を収集している。次に紹介されたのが、AHA!独自の公開の手法である、地域の公民館などで開催される地域住民のための上映会、「公開鑑賞会」。この鑑賞会では、単に映像を鑑賞するだけではなく、ファシリテーターが、会場に集まった人から映像を介して立ち上がるいろいろな思い出話を聞き取り、それを会話へとを繋げていく、ということを積極的に行っている。そうすることで、世代を越え、記憶を共有する「場」をつくっているのだ、と松本氏は解説する。極めて個人的な記録映像が、家族という単位をこえて、世代間の記憶の受け渡しの媒体になる場面に立ち会えること、それがAHA!の活動の原動力となっている。

    松本氏が強調するのは、AHA!は、フィルムを収集するだけではなく、それをいかに活用し、地域に還元していくか、ということに主眼を置いて活動している。「アーカイブ」というと堅苦しく思われがちなものを、どれだけ軽やかに見せ、「映像と遊ぶ/戯れる」か、それが大切なのだという。

    活動を重ねる中で、他の地域から閲覧を希望する声や、地域の福祉施設で使いたいなどの声があがってきている。現在は、そのような声に応えるために、貸出基準のガイドラインをクリアしながら地域の図書館や公共施設へ資料を提供する体制を模索している。このように、地域の学習や医療、社会福祉、観光資源など、様々な分野への活用についても可能性を探っていきたいと話した。

ディスカッション

ディスカッション風景

佐藤(泰):事例紹介を通じて、地域は違っても、それぞれ地域にちなんだ映像を保存・公開しようという目的を共有していることがわかった。その中で、協力しあったり、ノウハウを共有したり、あるいは分担するなど、連携出来る部分もあるのではないかという印象を持った。みなさん互いの発表を聞いて思われたことなどをひとことずつお願いしたい。

村松:個人的な映像や写真を集め、データベース化して使ってもらうのは有効なことだが、一方で、単にノスタルジックに収集したプライベートな映像・画像を、一般の方々がどれほど価値を見出したり利用したいと思うかどうか、なかなか難しいところもある。アーカイブをいかにクリエイティブに活用できるかという視点も大切ではないか。大阪などの事例にもあったような、地域のコミュニティで活用できる実践的な仕掛けなどをそれぞれグループが共有できると活動がさらに広がるのではないかと思う。たとえば、越後妻有アートトリエンナーレで、あるアーティストが古民家を舞台に集落の昔の写真を展示してかつての人々の温もりをありありと蘇らせていたが、単なる収集を超えた価値ある活用の一つのあり方としてこうしたアートとしてのアプローチも有効ではないかと感じている。

  • ディスカッションの続き1

    会場風景

    渡辺:シンポジウムを「ツイッター」に中継していて、山梨の方から質問が届いた。今日の話題は、過去の資料をどうやってデジタル化するか、という話だったが、今・現在をどのようにアーカイブするかも問題ではないか、と。ブログやユーチューブなど、ツールがあるだけでは記録は残っていかない。今のうちに枠組みを考えないといけないと思う。もうひとつ上がってきた意見としては、学校の統廃合が進む中で、賞状、トロフィーなど、学校に付随する記憶は、どのようにデジタル化するか、そういった問題もあるのではないか、ということ。人口が減少している今、いろいろな所でコミュニティの記憶が消えつつある。そこにも、デジタルアーカイブの役割はあるのではないか。

    杉浦:横浜は、今開港150周年とお祭り騒ぎだが、その一方で造船所の大型クレーンが撤去され、港の風景が失われつつある。平気で古いものをなくそうとする風潮があり、これからなくなってしまうかもしれないものをどのように残すか、といったことも「今」をアーカイブするという点では課題になるのではないか。

    坂本:アーカイブするデータの基準や、方法を統一して、組織間での貸し借りができると活用が広がっていくのではないか。県人会向けの上映会や、高齢者福祉施設や緩和ケア病棟などでの上映会など、さまざまな活用方法が考えられる。

    佐藤:渡辺さんの、「現在をいかにアーカイブするか」という観点では、現在と昔の地図や絵葉書などを比較して残していく活動を「風の時編集部」では取り組んでいる。

    杉浦:横浜で活動していて、「まちづくり」をキーワードに考えると、映像を貯めるだけではなくて、活動を通じて人と人とのつながりができること、共感が生まれることがとても意味のあることではないかと感じている。都市間で共有できるのは、ノウハウや手法だけではなく、人のつながりのつくりかたもあるのではないか。アーカイブそのものだけではなく、場づくりといった観点からもプロジェクトが認められていくような状況が出来たらよいのではないか。

    • ディスカッションの続き2

      会場風景

      松本:大阪でも、ハードとソフト、同時に育てていこうと考えている。収集した映像が、使われないというのは好ましくない。ソフトの面では、去年から人材育成に、ハードの面では地域の図書館との連携に取り組んでいる。地域差もあると思うが、図書館貸出におけるガイドラインや基準についても、横のつながりで取り組んでいければと考えている。

      「現在をいかにアーカイブするか」、それを読み替えると「今どのようにアーカイブを使うか」ともいえる。「アーカイブは漬け物だ」とよく仲間と言っているが、今日お話した8ミリフィルムの事例は、30年、40年前に漬けたものを、今、出して、食べているようなもの。それをまた漬けなおして、時間を経てみるとまた違った楽しみ方があるのだと思う、その時々の旬の楽しみ方があっていいと思う。

      佐藤(泰):みんなで共有・連携できること、勉強しあえることがが今日の事例紹介やディスカッションの中で確認できた。今後も意見交換をしながら進めていきたい。また同時に、村松さんの指摘にあったように、市民の皆さんにとっての地域映像アーカイブの価値について伝えていく努力も重要だと感じた。渡辺さんからは、「今をアーカイブすること」についてご指摘いただいた。過去の資料から今現在あるものも含め、膨大な情報の中から我々は何から手をつけるべきか、出来ることはそれぞれ限られているので、選んで活動していく必要がある。「アーカイブはみんなにとって大事だからみんなでやろう」と社会で共有できることが大切。何からやるか、誰がやるか、が議論できる場、情報交換できる場が出来るとよいのではないか。

      言葉や絵画の歴史に比べると、映像メディアは、まだ手にしたばかりで、それをいかに読み解き、次世代に引き継ぐかということについてはまだ蓄積がない。映像アーカイブをどのように活用し、次世代につなげるか。今日お集まりのみなさんとともに、今後も引き続き考えていきたい。

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