テキスト

記録なき記憶-66台のポータブル・レコード・プレーヤーによる無人オーケストラ

大友良英

ポータブル・レコード・プレーヤー。1950年代後半から70年代にかけてのほんの四半世紀の間、お茶の間に、勉強部屋に音楽を届けてくれたこの小さな機械たち。ラジオやテレビのように今日に受け継がれることもなく、80年代にはラジカセやウォークマンにその座を奪われ、今やiPodに主流が移ってしまったパーソナルな音楽聴取は、実はこの愛すべきかわいい機械たちによってはじまった。特にドーナツ盤と呼ばれるシングル・レコードが爆発的に売れた60年代、ポータブル・プレーヤー達は庶民の音楽聴取の主役ですらあった。かくいう私自身にとっても、最初の音楽聴取の記憶は母親の実家にあったポータブル・プレーヤーで繰り返し聴いた坂本九の『悲しき60歳』。1962年、3歳のときだ。
街中の小さな古道具屋に忘れられたかのようにほこりをかぶって500円で売られていたこの機械たちを買い集めだしたのは、ちょうど世の中がレコードからCDに変わる80年代中ごろ。最初はステージでかわった音を出す演奏用として、しかし、その後は、ただただ、この忘れ去られたチープな機械がいとおしくて収集しだした。もっとも、この収集は、狭い住宅事情の壁にぶちあたってあきらめざるを得なかった。それでも写真だけはせっせと集め続けた。私のブログ『JAMJAM日記』に掲載されている膨大な量の写真がそれだ。この写真を見て声をかけてくれた人がいた。
「この膨大な数のプレーヤーを使ってなにかしませんか?」
すでに余生すら終えたようなプレーヤー達になにができるのだろうか? 彼等が得意としたドーナツ盤は、すでに現在の音楽をリリースしているわけではない。古い音楽をかけてノスタルジーをかもし出すのもいいけど、それも私の役目ではなさそうだし、ドーナツ盤でコラージュをしたら主役はプレーヤーではなくなってしまう。私がやりたかったのは彼等を使った今現在の音楽だ。
2005年、京都の小さなギャラリーであるshin-biでやった『without record』は、こうしてはじまった。レコードという音の記憶媒体そのものを使うのではなく、ポータブル・レコード・プレーヤーという、見た目だけでも高度成長期の記憶が詰まっている機械そのものが出す音を使えないだろうか。私には、その寿命を終えたにもかかわらず、軋みながら回転するモーターや、レコードをかけなくてもノイズを拾うカートリッジ、フィードバックしてしまうスピーカーの壊れかけの音が、その生命力を主張しているかのように聴こえていた。レコードがなくても、彼等の出す音は充分に美しく私を魅了した。元気に音を出し続ける彼等を使ったアンサンブルができないだろうか。これがこの作品のきっかけとなった。
京都のあとは、北九州のギャラリーSOAPの人たちが中心なって『web版 without record』を。こうして、忘れさられたプレーヤー達は、今現在の私の作品を演奏してくれる無人楽団として息を吹き返した。といっても、もちろん優雅な、クラシックのような音楽を奏でるアンサンブルではない。それでも、彼らから聴こえるノイズたちは、私にとっては、電気技師を父にもち、そんな音があふれていた家を思い出させてくれる、充分にノスタルジックで多幸感に満ちた音だ。
京都でやった最初のwithout record展は16人編成の室内楽といった趣だったけれど、今回仙台で行われるのは66人編成のフルオーケストラだ。頭の中で、どんな音のなるのか、どんな景色になるのか想像してはみても、実際に66人がそろって音を出してくれないことには、私にもどんなものになるのか見当もつかない。 実際に音を奏でる現場は無人だけれど、実は、そこに行くまでの過程で多くの人たちの手をわずらわせている。今回の企画のプロデュースを側面で支え、展示デザインを担当してくれるstore15novの美術家・青山泰知さん、実際のシステムを構築してくれるテクニシャンの金築浩史さんのチーム、そして総合プロデュースをしてくれるせんだいメディアテークの小川直人さんをはじめとしたみなさんの力を借りて、少しづつ、プロジェクトが進行しつつある。いったいどんなオーケストラになるのか、1月が楽しみだ。

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