せんだい電子文庫 第二回 〜 メディアテーク・フォーラム ワークショップ05

1999年10月27日 水曜日 午後6時30分〜午後9時00分 仙台市役所錦町庁舎1階メディアテーク準備室にて

「仙台の文学的風土および尾形亀之助の人と作品について」 仙台文学館学芸員 赤間 亜生

日本における伝統的な詩歌の流れは、短歌・俳句・川柳・漢詩などでしたが,明治という新時代の訪れとともに、西欧の詩の影響を受けて、新しい時代の思想や感情を盛るにふさわしい新しい詩型を創造しようという動きが始まりました。その先鞭をつけたのが、明治15年に出版された『新体詩抄』であります。そしてまた、この新体詩の時代の夜明けと、その後の確立期に大きな役割を果たした3人の詩人たちと、宮城そして仙台は、深いゆかりがあります。
日本の近代短歌の祖ともいうべき落合直文は、気仙沼の生まれです。直文は与謝野鉄幹や尾上柴舟、金子薫園など、日本の代表的な歌人たちを育てています。また、日本の近代文学史を語る上で避けて通ることの出来ない、島崎藤村の代表作『若菜集』におさめられた詩は、仙台で書かれたものです。藤村とともに新体詩の担い手として、注目された土井晩翠は、仙台で生まれその生涯のほとんどをこの町で過ごし、創作活動を続けました。
また、仙台の大きな特徴として、明治期から高等教育機関が設置されたことがあげられますが、このような風土の中で、多くの若者たちが学生としてこの街に降り立ち、数年を過ごしました。その中からも、富永太郎・ぬやまひろしなど、後の詩人・歌人が生まれています。この街は、明治以降多くの詩人・歌人・俳人達を輩出してきたのです。
今回取り上げる詩集『色ガラスの街』の作者、尾形亀之助は宮城県南の大河原町で、代々続いた造酒屋の長男として生まれました。幼いときから体が弱く、現在の逗子の開成高校や、明治学院など学校を転々としましたが、東北学院時代に短歌を作り始め、やがて吉行エイスケなど、多くのモダニスト達と交流を持ち、前衛美術グループ「マヴォ」結成にも加わります。しかし、そのうち絵筆を折り、詩作に専念して『色ガラスの街』『雨になる朝』『障子のある家』の、三冊の詩集を残しています。前衛美術のグループで活躍したた亀之助は、詩集の装丁も自分で手がけています。亀之助の画いた油絵は現存するものは1点のみなので、装丁は画家としての亀之助の世界にふれることができる貴重なものとも言えます。今回の底本『色ガラスの街』におさめれらた詩は、短いものが多いのですが、現代に通じる新鮮なことばの魅力をたたえています。最近新しい尾形亀之助全集も刊行されており、電子文庫に『色ガラスの街』が加わることで、さらに多くの方々が尾形亀之助の魅力に出会うことになるでしょう。