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はじめに

前年度の3月11日に起きた東日本大震災により、当館の2011年度は、ひたすら震災という事態に向き合い、被災地の公共施設として、またメディアやアートの力を市民に還元する機関として、この難局において何ができるかまた何をなすべきかを自問しながら、試行錯誤のなかで歩みを続ける1年となりました。

経験したことのない大きな揺れは、7階つり天井の一部落下、3階大型壁面ガラス1枚の破損のほか、施設全体にわたって大小の被害をもたらしました。幸い利用者にもスタッフにもけが人はありませんでしたが、もはや開館を継続することは不可能でした。その後建物の被害状況を詳細に確認したうえで安全確保のための緊急工事をおこない、5月3日に1階から4階まで、6月には6階までを部分的に再開しました。7階の復旧工事は12月までかかり、2012年の1月27日に全面復旧しています。

一部再開までの約50日間、なにより生きるための対策が最優先されるなかで、文化施設を再開することに対する迷いもありました。私たちはライフラインもままならないなか、施設の復旧や各地の避難所の支援業務にあたるかたわら、再開に向けた議論と関係機関との調整を重ねました。その結果、震災前に予定していた本年度の事業を大幅に見直し、震災と向き合う事業にしぼる形で事業を再開していくことにしました。5月の再開時、1階オープンスクエアに持ち込んだ移動図書館車の周りに輪をつくり、哲学者の鷲田清一氏や設計者の伊東豊雄氏を招いてはなしを聞く「歩きだすために」を皮切りに、人が集い語り合いながら震災復興や地域社会、表現活動について考えていく場としての「考える テーブル」、震災の被害と復興のプロセスを市民協働で見つめあい記録する「3がつ11にちをわすれないためにセンター」のふたつの大きな事業をスタートさせました。

「考えるテーブル」では、まずはじめにデザイナーの豊嶋秀樹氏に依頼して、黒板でできた家具を使った独特の広場をつくりました。そこで、集まった参加者どうしが震災をめぐるさまざまなテーマについて語りあう「てつがくカフェ」、宮城県名取市で被災した写真家志賀理江子氏の連続トークのほか、アーティストとともに被災地でボランティアをする「タノンティア」、身近な創造や表現活動を考え実践する「制活編集支援室」、さらに「いま、貞山運河を考える」などの市民協働による企画を含め、震災に文化の側からアプローチするさまざまな活動が展開されました。

「3がつ11にちをわすれないためにセンター」では、7階スタジオに従来からあった市民による情報発信支援のしくみを活かし、さまざまな市民、アーティストと協働し、また国内外の震災アーカイブ活動と連携して、震災と復興の記録と発信に取り組んできました。この成果は、未来への共有財産としてアーカイブされ、可能なものからウェブサイトで公開するとともに、オランダ政府の支援により、サイトの英訳作業も進められています。また東日本大震災から1年を経過した3月11日を挟む約1週間、センターの活動を振り返り、記録や映像作品を公開する「星空と路」を開催し、サイトを見ていただけないかたを含め、たくさんの市民のみなさんにご覧いただくことができました。

未曾有の事態を背景におこなわれた以上のような活動とともに、メディアテークの機関誌として赤々舎とともに出版したミルフイユ04「今日のつくりかた」、2010年度SMMA事務局として制作してきたものの震災により頓挫し、東京の出版社の力で出版にこぎつけた「せんだいノート」など、震災後ということもあり、被災地からの発信として各方面から注目を集めたことは特記すべきことでしょう。「3がつ11にちをわすれないためにセンター」の活動を評価されて、企画・活動支援室長の甲斐賢治が、文部科学省芸術振興部門芸術選奨新人賞を受賞したことも同様です。この経験と成果をいかに今後の事業や活動につないでいくかがこれからの私たちの課題であり責務でもあると考えます。この年報を通じて、メディアテークの多面的な事業を全体としてご理解いただき、生涯学習の振興及び文化活動の支援に関心を寄せておられる多くのかたがたからご意見・ご指導をいただければ幸いです。