せんだいメディアテーク

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プロジェクトリスト | ナラティブの修復

2021年09月01日更新イベント展覧会の特徴

東日本大震災以降、メディアテークとともに活動してきた仙台・宮城ゆかりのアーティストたちが開く10の語りの技

本展は、東日本大震災からの10年間、メディアテークとともに地域で活動してきた仙台・宮城ゆかりのアーティスト10組による現代アートの展覧会です。「ナラティブ=もの語り」をテーマとする本展では、アーティストのさまざまな表現を、いまをもの語る多様な「語りの技」として紹介します。それらは、震災の記憶の継承や、コロナ禍でのコミュニケーションなど、時宜を得たものになるでしょう。



阿部明子は、写真を用いて、過去の視覚的な記憶の空間と、自分の現在の生活空間の様相を重ね合わせて、時間が複層したようなイメージをあらわしています。2017年に宮城県芸術選奨新人賞を受賞しました。今回は、他界した父の子供の頃のアルバムをもとに、父が見たであろう景色と、現在の風景を重ね合わせることで、記憶の場所としての家のイメージを構成します。

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[左]参考過去作品 《レウムノビレ》(2017 年) 
[右]本展の展示プラン



磯崎未菜は、住民との交流や、土地の慣習などをもとに場所に添う新たな歌を作る「小民謡プロジェクト」をおこなってきました。それらは、わらべ唄のように、身体を使ったユニークな遊びの映像とともにあらわされます。これまで多摩ニュータウンや、震災後の福島、仙台の蒲生などの歌を作ってきました。2018年からは仙台を拠点とし制作をおこなっています。今回は、近代以降の民謡や童謡歌について考察しつつ、コロナ禍における新たな歌をあらわします。

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参考過去作品 《The Dreamtime》(2020 年)



菊池聡太朗は、東北大学で建築を学び、これまで建築的な主題に基づいた空間構成を、風景のドローイングと組み合わせて発表してきました。今回は、その活動のなかで、彼の近年の主題となった「荒地」について、ドローイングを中心にあらわします。心象でありながら、現実の風景でもあるそれらのドローイングをとおして、荒地についてのいくつもの思索を生む空間を構成します。

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[左]参考過去作品 《鹿探し》(2017 年)
[右]本展の展示プラン



工藤夏海は、仙台に暮らしながら、2017年から、小さな手作りの人形を用いた即興人形劇「まちがい劇場」をはじめます。まちがい劇場は、見るよりも参加することを主眼においた人形劇です。彼女は、人形を介する事で可能になる対話の魅力を探究し、人形劇が人に及ぼす作用について考え続けています。今回はこれまでに制作したいくつもの人形たちを集わせて物語を構成するとともに、それらを用いた即興人形劇などをおこないます。

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[左]参考過去作品 《MAYOKE》(2015 年)
[右]参考 まちがい劇場の様子



小森はるか瀬尾夏美は、東日本大震災以降に陸前高田に移住し、被災した土地と人に寄り添い記録する活動を続けてきました。その成果は、映像作家の小森と、画家で文筆家の瀬尾が、それぞれの表現技術を活かして、展示や上映、書籍によってあらわしてきました。今回は、震災に関するこれまでの多数の聞き取りのなかで気付かされた、11歳という時期の人生に与える大きな影響力に着目し、幅広い年齢層の11歳の記憶をたずねます。いくつもの語りのなかに、個人史であると同時に、地域や日本社会の生きた年代記を浮かび上がらせようとする、彼女たちの新たな試みを発表します。

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[左]参考過去作品 《みえる世界がちいさくなった》(2019-2021 年)
(「日常のあわい」展示風景、金沢21世紀美術館、2021年、撮影:来田猛)
[右]参考過去作品 《二重のまち/交代地のうたを編む》(2019年)



是恒さくらは、北米や東北の捕鯨や漁労など海の民俗文化を調査し、刺繍作品や小冊子のかたちで発表してきました。今回は、2015年から仙台に暮らして東北各地で聞き取ってきた鯨にまつわるいくつもの物語の紹介とともに、鯨の死後、海底でその巨体によって形成される「鯨骨生物群集」に着目し、生命の継承と物語の継承がイメージとして融合していく空間の構成をおこないます。

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[左]参考過去作品 原画刺繍「ありふれたくじら Vol.1 網地島/鮎川浜」(部分)(2016 年)撮影:根岸功
[右]本展の展示プラン



佐々瞬は、仙台に住まいながら各地で精力的に制作発表を続けています。東日本大震災以降は、被災した仙台の新浜にある住宅を借り受け、アーティストや建築家が滞在できる場所を設けるなどの活動もおこなってきました。地域社会や共同体のあり方に焦点を当てる彼は、今回、まもなく生まれ変わろうとしている仙台の追廻地区の街の記憶を伝え保存するための、資料館のプランを展示します。

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参考過去作品 《旗の行方》(2015 年)



佐藤徳政は、東日本大震災を機に帰郷。被災した街の復興工事のなかで、途絶えた祭りの復活に尽力し、失われていく文化的な遺産の記録活動や、神楽を創作するなどユニークな活動をおこなってきました。またメディアテークの「3がつ11にちをわすれないためにセンター」の活動に参加し成果を展示発表してきました。今回は、未来へ伝えたい想いを詰め込んで創作した寓話をもとに、架空のオリジナルショップを展開します。

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[左]参考 「超絶祭Vol.2 巨石龍」より
[右]参考 「巨石装置『五本松』展~陸前高田森の前地区からの表出」展示風景 (2016 年)



伊達伸明は、これまで仙台や宮城の「亜炭」や「埋もれ木」の調査やワークショップをおこない、その成果をメディアテークにて展示発表してきました。今回は彼が2000年から継続している「建物ウクレレ化保存計画」で制作された16個のウクレレを展示します。これは、取り壊される建物の部材の一部でウクレレを制作し、失われる建物の面影を楽器として残すというユニークな試みです。宮城では初めての公開となります。

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[左]参考 芦屋市美術博物館での展示風景 (2013 年) 撮影:表恒匡
[右]参考過去作品 《桃林堂ウクレレ》(2020 年) 撮影:表恒匡



ダダカン連は、仙台在住の表現者である糸井貫二氏(ダダカン)の活動を記録・保存し、紹介していく有志のグループで、美術やメディアの研究者である細谷修平、元美術館学芸員の三上満良、ギャラリーターンアラウンド主宰の関本欣哉、アーティストの中西レモンによって構成されています。糸井氏は、宮城だけでなく戦後の日本の美術史のなかでもハプニングやメールアートなどその前衛的な活動によって近年になり注視されています。今回は、これまでの糸井氏との交流から得られた資料とともに、彼の活動の遍歴を紹介します。

糸井貫二(ダダカン)1920 年東京生まれ。10 歳の頃に叔父からダダイズムの話を聞き興味をもつ。戦時中は徴用により筑豊で坑内採炭に従事。1945 年、熊本特車部隊に入隊し、鹿児島で終戦を迎える。中学時代から器械体操部に所属し、戦後の第1回国民体育大会に出場。その後九州の炭鉱や東京の倉庫会社に作業員として勤務しながら独学で作品を制作し、1951 年に銀座フォルムで初個展を開催。同年の第3 回読売アンデパンダン展に《たまご》(彫刻)を出品。1952 年に両親が住む仙台に移住するが、54 年には東京都大森に転居。以後、仙台と東京、父母の故郷である大分県を拠点として活動する。1958 年、第10 回読売アンデパンダン展に出品。以後同展には最後の15 回展まで毎回出品(ただし14 回展は作品が撤去される)。1960 年代に入ってからは、造形作品だけでなく、行為としての芸術「ハプニング」(パフォーマンス)を各地の前衛芸術家たちと展開、その名を"ダダカン" として知られるようになる。1963 年に仙台に戻り、同年日立ファミリーセンターで個展。1964 年仙台アンデパンダン展に出品。同年東京オリンピックの聖火があまりにも美しかったため、「聖火体現」として聖火より早く銀座を全裸独走。1967 年仙台の野外展「西公園アートフェスティバル」に参加。この頃、仙台市内のコニシリビング、フジヤ画廊などの展覧会場や市役所前広場、ドント祭、一番町歩行者天国など各所でハプニング行為を行う。1970 年4 月、「太陽の塔」を占拠した男の新聞記事を読み、彼を激励するため大阪万博に向かい、万博会場を全裸で15 メートル疾走。その後、母の介護のために仙台を離れるが、1979 年に仙台に戻り、1980 年代以降は自宅「鬼放舎」を拠点に表現活動を続ける。