イベント 2013年07月14日更新

第23回 「震災における〈終わり〉とは」


■ 日時:2013 年 7 月 14 日(日)16:00−18:00
■ 会場:せんだいメディアテーク 7f スタジオa
■ ファシリテーター:房内まどか
■ 参加無料、申込不要、直接会場へ
■ 問合せ:tanishi@hss.tbgu.ac.jp (西村)
■ 主催:せんだいメディアテーク、てつがくカフェ@せんだい
■ 助成:財団法人 地域創造

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2013年5月に開催したてつがくカフェ「震災を問い続けること」や最近のてつがくカフェで浮き彫りになってきたのは、「震災」は私たち一人ひとりの中にあり、その体験や震災以降の価値観は人によって大小様々な隔たりがあるということです。そしてどうやらその心理的「距離」が次第に広がっているのではないでしょうか。この話題は1月の「分断線」にも通じているように思われました。そんな対話の中で筆者が気になったのは「震災はもう終わったものと考えている人もいる」という発言がされた時に、会場にいる人の間でさえ心理的な距離感が浮き彫りになってきたということでした。
現在において、震災が終わったと考えて既に別の課題に取り組んでいる人もいれば、まだ現在進行中の苦しみ・悲しみにもがいている人もいます。さらに言えば震災がまだ始まった感覚のない人もいるかもしれません。社会的にマイノリティの立場にいた人々は「問われなかった震災」という意味でまだ話題にすらされていないかもしれません。当たり前の生活さえも失うという混乱の中で現実を直視できずにいた人たちにとっては、落ち着きを取り戻してきた今、ようやく「始まった」という感覚を持っているかもしれません。そもそも震災において「終わり」とは何を意味し、どんな状態だと言えるのでしょうか。誰かが「終わり」を宣告したところで、震災に伴う悲しみなども解決していくのでしょうか。 誤解のないように言えば、今回のテーマは「震災が終わりに向かっている」ということを前提にしているわけではありません。震災以降に感じている他人との「距離」あるいは「分断線」、そして「自分の中の震災」に疼くもやもや・いらだちには漠然と「終わりが見えない」という予感があるからかもしれないと考え、テーマ設定をさせていただきました。
震災における「終わり」とは何か、今までよりもっと深く問うてみましょう。てつがくカフェにおいてはただ話をするだけでなく、「考える」をプラスすると言葉は変わります。言葉が変われば思考が変わります。思考が変われば人が変わります。人が変われば、社会が変わるかもしれません

(てつがくカフェ@せんだい 房内まどか)
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てつがくカフェとは
てつがくカフェは、わたしたちが通常当たり前だと思っている事柄からいったん身を引き離し、そもそもそれって何なのかといった問いを投げかけ、ゆっくりお茶を飲みながら、「哲学的な対話」をとおして自分自身の考えを逞しくすることの難しさや楽しさを体験していただこうとするものです。

てつがくカフェ@せんだい http://tetsugaku.masa-mune.jp





*この記事はウェブサイト「考えるテーブル」からの転載です(http://table.smt.jp/?p=4385
*イベントのレポートはこちら https://www.smt.jp/projects/cafephilo/2013/07/23.html


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