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報告 2025年08月09日更新
【レポート】てつがくカフェ読書会 『爆弾と紙のランドセルと白いごはん』から、「戦禍の日常」について考える
【開催概要】
てつがくカフェ読書会 『爆弾と紙のランドセルと白いごはん』から、「戦禍の日常」について考える
■ 日時:2025年7月5日(土)15:00−17:00
■ 会場:せんだいメディアテーク 7f スタジオa
■ファシリテーター:辻明典(てつがくカフェ@せんだい)
■ファシリテーショングラフィック:三神真澄(てつがくカフェ@せんだい)
〈読んだ本〉
『爆弾と紙のランドセルと白いごはん』
井上きみどり 作
今回のてつがくカフェ読書会では、井上きみどりさんの漫画作品『爆弾と紙のランドセルと白いご飯』を題材に、戦時下の子どもたちそれぞれのエピソードから戦争について対話を行いました。
まずはじめに注目したのは、作品の終盤に描かれる空襲の時間が決まっているという描写でした。「ご飯の時間になると空襲が止み、午後1時にまた爆音が響く」という時間のリズムの中で、少女が「敵だと思っていたけれど、同じ人間なんだ」と気づく場面は、相手もまた人間であると実感することにつながり、戦争の構造そのものを見直す入口となるとの指摘がありました。そしてそれは以前ここで取り上げた『戦争語彙集』(オスタップ・スリヴィンスキー、ロバート キャンベル)読書会で語られたウクライナとロシアの話題とも通底する、という声もありました。
ある参加者は、祖母が「低空飛行する敵機のパイロットと目が合った」話を思い出したと話しました。
また、「戦争」や「平和」という言葉がこれまで遠くに感じられていたが、この作品を通して、自分の生活とつながる身近な地続きのものとして感じられたという感想も出てきました。
作品のタイトルにも含まれる「爆弾」「紙のランドセル」「白いご飯」という言葉に注目し、それぞれの距離感の違いー爆弾は遠く、白いご飯は近く、その中間にある紙のランドセルーが、戦争と日常の交錯を象徴しているのではないか、という読みも挙げられました。紙のランドセルとは「どんな手触りだったのだろう」「和紙のような素材だろうか」と想像をめぐらせる声や、戦時中にも子どもたちの学びの場があったことに思いを馳せる発言もありました。
震災との比較について語る場面もありました。
戦争時も震災時も、非常時でもすべてを諦めるのではなく、「できるだけ日常を守ろうとする人々の姿勢」に共通点を見出す声がありました。
その一方で「震災には、助け合いやつながりといった"経験してよかった"と思える面もあったが、戦争に対しては絶対にそう思えない」といった言葉も語られました。
また、防空壕での沈黙については「命を落とす人がいる一方で、自分はご飯を食べているーそうした負い目が、無意識のうちに言葉を失わせるのではないか」といった視点も寄せられました。
作中で少女が「こんなに怖いなんて誰も教えてくれなかった」と語る場面をめぐっては、伝え聞く言葉と実際の体験との差が浮かび上がってきました。
戦争を知らない世代の私たちもまた、戦争という言葉が中身のないものになってきているのではという指摘もありました。
「戦争を語るとき、つい"山の頂上"ー英雄や大きな戦闘といった目立つ出来事ばかりに注目しがちだが、むしろ"裾野"に広がる日々の営みにこそ、今を生きる私たちの想像が届くのではないか」といった視点の気づきもありました。
さらに、「自分が"被害者"であるだけでなく、"加害者になりうる存在"でもあることも考えなければいけない」という問題提起も出されました。それに対しては「まずは被害者に寄り添いたい」という声や、「戦争をしない」と声を上げることの背後にある「加害の構造」にも目を向ける必要があるのではといった声が上がり、戦争の複雑な側面について率直で誠実なやりとりが交わされました。そして「視点をずらし、他者を想像する力こそが、その第一歩になるのではないか」という意見も出されました。
対話の締めくくりには、今後この作品を読み返すときに、読みを深める手がかりとなるようなキーワードをあげていきました。
・加害
・言葉の限界
・被害者側の想像
・悲惨と楽しみの同居
・無力感
→当事者のエピソード
→生活者の感覚変化のエネルギーに
最後に、本作『爆弾と紙のランドセルと白いご飯』の作者・井上きみどりさんに、作品を描いた背景についてお話をうかがいました。
井上さんは、「社会を動かす力は、データや理屈だけではなく、生活者の感情や実感から生まれる」と語ります。その信念のもと、これまでも当事者の声に耳を傾け、描き続けてきたといいます。
「何もできない」と感じるような状況の中でも、「何かができるかもしれない」と思えることー。その希望が、この作品には込められていることが伝わってきました。