2023
03 02
メディアテーク開館
仙台市民図書館開館
報告 2025年03月29日更新
見えない人とつくるおしゃべり鑑賞会レポート
文:髙橋梨佳(NPO法人エイブル・アート・ジャパン)
「椎名勇仁 可塑圏:ねん土的思考」展(会期:2024年11月2日~2025年1月13日)の関連プログラムとして「見えない人とつくるおしゃべり鑑賞会」がありました。このレポートでは、一参加者の視点から鑑賞会の様子や感じたこと、また障害のある人とともにミュージアムでの鑑賞・体験方法を考える活動に取り組むNPOのスタッフとして感じたことを書きました。
鑑賞会と展覧会について
この鑑賞会は、宮城県内で活動する全盲の堀内豊(ほりうち・ゆたか)さんと白石真美(しらいし・まみ)さんが鑑賞の「案内役」となり、見える人と見えない人が対話をしながら一緒に展示を鑑賞するというものです。
展覧会は、仙台にゆかりのある美術家、椎名勇仁(しいな・たけひと)さんの個展。「柔らかく自在に状態を変え、どんな形にすることもできる粘土の性質」※である可塑性(かそせい)に注目した作品を20年以上つくり続けています。その中に活火山の熱で素焼きをする《火山焼》シリーズなど独自の表現活動もあります。今回の個展では、椎名さんの初期の作品から、現在制作中の最新シリーズまで、活動の成果を年代順に見ることができました。
※展覧会のチラシより
鑑賞会の様子
導入のあいさつ
2024年12月15日の日曜日、11時ころ。この日は晴れてとても気持ちの良い天気。集合場所のせんだいメディアテーク6階ギャラリーのホワイエには、日光がまぶしく注いでいました。
今日の案内役を務める堀内さんと白石さん、その向かいに5人の参加者が横並びに座り、一緒に鑑賞するメンバーやスタッフの自己紹介、鑑賞会のルールの説明がありました。自己紹介では、名前と好きな食べ物についてひとことずつ話します。「スイカ」や「たこやき」、昼時なのに「たらきく」「ほや酢」といったお酒のお供に合いそうな食べ物を挙げる人も。初対面どうしの集まりでよそよそしかった場の空気がすこしずつやわらかくなっていきました。
*ホワイエで自己紹介中の写真
次に、堀内さんから鑑賞会のルールについて説明があり、「他の人の意見を否定しないこと」「直感的に思ったことや思いついたことを話してOK」「見えない案内人に対して無理に説明しようとしなくて大丈夫」といったことを全員で確認しました。
今回は、堀内さんが主な案内役を務め、白石さんがその合いの手を担います。堀内さんは、美術鑑賞の案内役を初めてするそうで、「すこし緊張している」とのこと。白石さんは「見えているものだけでなく、背景にあるものや雰囲気、作品の裏にあるなにかを感じたい」と言います。
おしゃべり鑑賞会へ
ギャラリー内に入ると、ワンフロアまるごと使った空間に、一度では数えきれない数の四角い展示台が規則的に並んでいて、その上に大小さまざまな作品が展示されていました。ギャラリーの奥には大人の身長よりも高い彫刻があり、両側の壁にはいくつかの映像が投影されています。この日は事前に参加者一人ひとりが選んだ作品をひとつずつ鑑賞し、合計5つの作品を一緒に鑑賞しました。
最初に鑑賞したのは展示室の入り口付近にあった作品で、わたしが選んだ《ふえるわかめチェック》という作品です。この日の前に一度、展示を見に来たのですが、「こんなに自由に表現していいんだ!」と最初に驚かされた作品でした。対話をするときは、作品のまわりをぐるっと囲んで輪になり、「なぜこの作品を選んだか?」という堀内さんの問いかけに答えたあと、時計回り(または反時計回り)に一人ずつ感じたことを話していきます。
「わかめが鍋に張り付いていて、このわかめはいつから残っているんだろう?と気になって。これも作品なんだっていう驚きがあって、選びました」
「展覧会で鍋?!ってわたしも驚きました」
「わかめって、鍋を洗うときに最後に残りますよね」
「ぬるぬるしてるから、わかめは好きじゃない」
「鍋は鍋でも、少し昔の金色のアルミの鍋ですね。両手に取っ手がついていて、取っ手の部分に黒いカバーがついている」
「市松模様のように正方形に切られたわかめが規則的に並んでいます」
「適当につくったようで、実は手がこんでいる作品かも?」
椎名さんは食べ物や日用品を素材とした作品も多く制作しています。素材が身近なものということもあって、初対面同士のメンバーでも、おしゃべりが弾んでいきます。このとき、堀内さんと白石さんは、全員が発言できているかを気にしつつも、「チェックって、チェックマークのチェックだと思ってたけど、柄のことだったんだ!」「わかめが『主役はわたしよ!』と主張しているみたい」といったふうに、ふたりも自由に会話に入っていきます。
違う意見が出るときは、誰かと見ていてとくに盛り上がる場面です。《三角暗号》という作品を鑑賞したときは、「キモかわいいからこの作品を選んだ」という人もいれば「わたしだったら、気持ち悪いからこの作品は選ばないな。現代アートは洗練されたもの、というイメージがあるから」とまったく別の意見を持つ人もいました。
椎名さんが現在も制作中の「十二神将」シリーズの一つ《獣頭人身十二神将立像のための習作(申)》を鑑賞したときのこと。今回の展示では制作中のマケット(模型)が十二支分展示されていて、そのうちのひとつです。顔は猿ですが、体は人間の姿形をしています。
はじめに、その猿の表情に注目した人がいました。「凪のように穏やかな表情をしていますね。気持ちも穏やかになっていきます」すると別の人が、「刃が二つある鎌を持っているけど、持ち手の部分が下で、刃の部分が上に来ているよね」と言います。猿の手が刃の部分に置かれていて、自分の手を傷つけてしまいそうな持ち方をしていることに、わたしも初めて気づきました。参加者の中で中国美術に詳しい人から「仏教を守るために戦っている姿ではないか」といった話もありましたが、猿の戦い方は武器を使うことではないのかも、と想像が広がりました。
最後にホワイエに戻って鑑賞を振り返る時間では、参加者からこんな感想もありました。
「展示にはひとりで行くことが多いので、だれかの感想を聞きながらそういう見方もあるんだな、と感じていることを想像する作業がおもしろかった」
ひとりでは見えていなかったことが見えてきたり、通り過ぎてしまうかもしれない作品に出会えたりする。誰かと見ること、見えることや感じたことを言葉にしていくことは、自分の感覚が広がっていくような時間だったと思います。
鑑賞会を振り返って
わたしは「みんなでミュージアム」というプロジェクトのスタッフとして、だれもが文化芸術を鑑賞したりプログラムを体験したりする環境をつくっていく活動を、障害のある人と一緒に取り組んでいます。これまで視覚障害のある人や聴覚障害のある人、発達障害のある人など、障害のあるファシリテーターによる鑑賞会や、さまざまな参加者との鑑賞会を企画してきました。その中で、一人ひとりに合った鑑賞の仕方は異なるということを実感してきました。そして、普段の自分の役割に縛られることなく、その人が思ったことを表に出せる環境づくりを大切にしてきました。
今回の鑑賞会でとくに印象に残ったのは、「あらたまらない場」ができていたことです。プログラムを立てて、いざ鑑賞会をしましょうとなると、なんだかあらたまった雰囲気になってしまいがち。今回は、鑑賞した作品はどれも5〜6人で囲むと一周できるサイズで、輪になって話していると、みんなで立ち話をしているような雰囲気です。堀内さんと白石さんの手引きのため、ふたりの横に立っていたメディアテークの職員さんも、「これは〇〇みたいだね」「あ~、たしかに」とおしゃべりに入っていく。参加者、案内役、職員という立場に関係なく、美術館に友達や知り合いと来て、一緒におしゃべりしながら見るような、そんな風景が広がっていたと思います。
年齢を問わずバラバラに集まった人たちで見ることで、他者の鑑賞の仕方を見ながら自分なりの鑑賞の方法を試していく機会にもなると感じました。それは椎名さんが試みてきた「可塑性」を自分の中に取り入れていくことでもあるかもしれません。
今回参加者のなかに小学生のKさんがいたことで、大人の参加者がKさんの身長までかがんで作品を見ようとする場面も。参加者からは「今まで自分にとらわれて作品を見ていました。Kさんの身長で見てみる、逆さまから見るという発想がなかった。自由度が広がってよかった」という感想もありました。
鑑賞会の振り返りの後には、堀内さんから「なんでも聞いてね」ということで、堀内さんと白石さんへの質問コーナーがありました。堀内さんは、見えない人向けのスマートフォン講座やファッションについての講座を開くなど、個人でさまざまな企画をされています。「これからどんなことをやってみたいか」という質問に、写真を撮ることが好きで、これからは風景の写真を撮りたいと答えます。《三角暗号》を「逆さまで見てみたい」と発言があったとき、堀内さんから「スマホで写真を撮って、その写真を逆さまからみるのはどう?」という提案があったのは、普段から写真に親しんでいるからなのかなと想像しました。白石さんは、以前もメディアテークの現代美術の企画展で案内役を務めた経験があり、映画のバリアフリー音声解説の制作にも関わってきた方です。自分で編んだという紫色の素敵な洋服を身につけていました。
あたりまえですが、堀内さんも白石さんも、一生活者であり、それぞれに好きなものや、これまでの経験があります。見えない人と一緒に鑑賞してみたいな、の先に、見えない〇〇さんと一緒にまた見てみたいな、と思う。その場に集まった人たちと、そこにたまたま見えない人もいて、おしゃべりしながら鑑賞する。そんな機会が広がっていったらいいなと考えています。
左:堀内豊(ほりうち・ゆたか)さん 右:白石真美(しらいし・まみ)さん
撮影:渡邊博一