コラム 2021年12月15日更新

読んでみた:学校で地域を紡ぐ―『北白川こども風土記』から―


「こども風土記」は、日本民俗学の創始者である柳田國男が1942年に新聞連載をまとめたものが先駆けとなり、その後全国津々浦々で発行された発行物の一群で、その内容はさまざまなバリエーションがあるようです。その中で「北白川こども風土記」は、国立民俗学博物館初代館長・梅棹忠夫をして「これはおどろくべき本である」と言わしめた本であり、この本、「学校で地域を紡ぐ−『北白川こども風土記』−」(編:菊地暁、佐藤守弘/2020年/小さ子社)の前半に抜粋が掲載されています。

身も蓋もない言い方をしてしまいますが、何の前提もなく「小学生」が「住んでいる地域のことを調べて書いた作文」というと、狭い関係者以外いったい誰が興味を持つのかと思ってしまいかねません。それがなぜ出版され、のみならず映画化され、さらに61年後に再発見本が刊行されるに至ったのか。その要点が、民俗学、歴史学、考古学やメディア論など学際的な視点から述べられています。全体で400ページ超の厚みがあり、手放しで読みやすいとは言えませんが、ハマれば意外とスイスイ読めてしまう部分も多いです。

コミュニティ・アーカイブの視点からみると、昔から北白川に暮らしていた住民層と、のちに移り住んできた住民層の子どもたちが小学校という共同体で出会い、一緒に地域を調べていくうちに、保護者や地域の大人を巻き込んでコミュニティの融和に寄与している点は見逃せないところです。ちょっと本文から引用してみましょう。

"梅棹忠夫は北白川の社会を「大学族」と「花うり族」に大別し、これらは「相互に無関係に並行して存在する」としたが、(中略)「おとなたちはたがいに関係がないけれど、子どもたちは同級生だ」と現地の社会構造を乗り越えた活動の成果物という評価を与えている。(中略)勿論社会構造と知的構造を安易に同一視することは出来ないが、こと後者に関しては、二族の中間にあり、『北白川・・・』には「有識者」として登場する一群の人たちの存在が重要だと私は考えている。(p234-235)"

古くからの住民を「白川女」になぞらえて「花うり族」と呼び、京都大学関係者を「大学族」と大別した見立てはわかりやすい。他地域ではこのように明確な立場の違いが見分け難くとも、さまざまな家庭環境の子どもたちがクラスメイトとしているということは想像に難くないはずです。コミュニティの融和は、コミュニティ・アーカイブの副次的な効果として期待できることなのかもしれません。

かつて地域コミュニティの求心的な場として開かれていた小学校も、時代の移り変わりと共に敷居が高くなりました。本書でも触れられている「郷土室」「資料室」を含めた「学校博物館」が、再び開かれる可能性に期待を寄せてしまいます。

(出版社のサイト)
https://www.chiisago.jp/books/?code=9784909782052

飯川晃(せんだいメディアテーク企画・活動支援室)