コラム 2022年05月31日更新

本の紹介:コミュニティ・アーカイブをつくろう!―せんだいメディアテーク「3がつ11にちをわすれないためにセンター」奮闘記


今回は、せんだいメディアテークが実践してきたコミュニティ・アーカイブについての本をご紹介します。
2018年発行の『コミュニティ・アーカイブをつくろう!―せんだいメディアテーク「3がつ11にちをわすれないためにセンター」奮闘記』(晶文社、佐藤知久・甲斐賢治・北野央著)は、東日本大震災後の2011年5月に開設した「3がつ11にちをわすれないためにセンター」(略称:わすれン!)の取り組みをまとめた一冊です。私は2020年から「わすれン!」のスタッフになったので、その2年ほど前に出版された本書は、仕事をする上での拠り所のような存在でもあります。

わすれン!もコミュニティ・アーカイブのひとつの事例に過ぎませんが、プロのアーキビストがいない中で試行錯誤を重ねてきた実践の記録が、これから草の根的なアーカイブ活動を始めようという人にとって、何かの参考になればと思います。

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メディアテークは2011年5月3日、東日本大震災に向き合い、考え、復興への長い道のりを歩きだすため、わすれン!を開設しました。市民、専門家、アーティストなどさまざまな立場の人と協働し、映像、写真、音声、テキストなど多様なメディアの活用を通じて、復旧・復興のプロセスを記録、発信していくプラットフォームです。
この活動をひとことで説明すると「東日本大震災という歴史的な出来事を、個人の立場と視点から記録して、公的に共有し継承していくアーカイブ活動」ですが、一般的なアーカイブが「収集と保存」に力を入れているのに対し、わすれン!では「記録そのものをつくる」活動に重点のひとつが置かれていることがユニークな特徴です。
そんなわすれン!がどのようなプロセスで立ち上がり、そこにどのような人びとが関わり、そこで得ることができたノウハウや成果、課題はどのようなものであったのか。本書では主に映像メディアに焦点を当てながら、「かんがえる編」「つくる編」「つかう編」の三部構成で論じています。

■第一部「かんがえる編:プラットフォームが大事だ」

第一部では、わすれン!立ち上げの経緯や、プラットフォームをどのようにデザインしたかを紹介しています。映像や写真といったデジタルメディアを取り巻く時代的な背景や、生涯学習施設としてのメディアテークの役割や特性をふまえた上で、震災を受けてメディアテークがやるべきこと、そしてそれをどのように具現化していったのかを見ていきます。ここでは立ち上げにあたり検討が必要だったこと(例えば参加者登録のフローをどうするのか、記録の権利処理や保管のことなど)を項目ごとに整理して説明しているので、これから参加型のアーカイブを作ろうとする人にとっては、具体的な方法論として参考になるかもしれません。

■第二部「つくる編:記録する・運営する・応援する」

つくる編は、個人が記録をつくること、そしてプラットフォームをつくることがテーマです。ここではまず個々の記録者に焦点を当てながらその活動を紹介していますが、ひとくちに記録者といってもその属性や動機、記録活動のありかたは多種多様です。それぞれに違った関心や問題意識を持ち、さまざまな戸惑いや葛藤を抱えながら活動を続けてきた記録者と、そこから生まれた記録をひとつひとつ紐解くことで、わすれン!のアーカイブの独自性が見えてきます。
開設から時間が経ってくると、記録から編集・公開のフェーズへ移行することや、記録活動へのモチベーション維持という課題、スタッフの人的リソースの限界などさまざまな状況の変化を踏まえ、参加者同士が相互に学びあい・教えあう関係をつくるための場の設計が検討されました。参加者がお互いの記録を見て話す場や上映会をひらくなどして、参加者同士の交流の場をつくったことで、アーカイブする人たちのゆるいコミュニティ(アーカイビング・コミュニティ)が育っていきました。「記録をつくるためのプラットフォーム」をどう作っていくかということも、この「つくる編」の重要なテーマになっています。

■第三部「つかう編:メディアとしてのアーカイブ」

わすれン!は個々人が記録活動を行うことを支援するためのプラットフォームであるだけでなく、映像やテキストや音声を通じて記録された個々人の記憶を、見続け、聴き続けるためのメディアでもあります。しかし、デジタル・アーカイブではどのような記録がどれくらいあるのかなかなか把握しづらいという難点があり、記録をどのように利活用できるかが大きな課題になります。アーカイブを「誰もが使える道具にする」ために、わすれン!ではデジタルなものを物質的で触れられるものに転換したり、アナログな場に接続したりすることを試みてきました。
また、アーカイブを使うことが一方的な受け身の活動にとどまらないよう、利用者参加型の利活用方法も考えてきました。アーカイブの利用者が抱いた感情や、記録に触発されて思い出した記憶も含めてアーカイブに組み込んでいくことができれば、利用者は受動的に見たり学んだりするだけでなく、アーカイブを能動的に育てていく生産者にもなりえます。3.11オモイデアーカイブとメディアテークが協働で企画する「3月12日はじまりのごはん--いつ、どこで、なにたべた?--」は、震災時の「食」にまつわる写真を展示し、それを見た来場者が当時の思い出などを付箋で書き込んでいくことで、時間を超えて集合的に記録を育てていくことができる利活用企画になっています。
本書が刊行された2018年からさらに時間が経ち、記録の利活用の重要性はさらに増してきています。アーカイブを「誰もが使える道具にする」ため、今も日々試行錯誤中です。

本書は、わすれン!が行ってきたさまざまな実践を報告した本ですが、大きな災害のあとに生まれる「隔たり」や「語れなさ」とどう向き合うことができるか、という普遍的な問いについて、その肌理を大切にしながら丁寧に紐解こうとする本でもあります。自分にはどうにもできないような大きな出来事に対して、それぞれの視点で、自分なりの関わり方で「何かできること」を探ろうとするとき、東日本大震災を記録してきた人びとの営みが、ふと背中を押してくれることがあるかもしれません。
コミュニティ・アーカイブに興味のある人もそうでない人も、ぜひ手にとっていただけたら嬉しいです。

(出版社のサイト)
https://www.shobunsha.co.jp/?p=4534

佐藤友理(せんだいメディアテーク企画・活動支援室)


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