コラム 2022年06月21日更新

読んでみた:ラディカル・オーラル・ヒストリー ―オーストラリア先住民アボリジニの歴史実践―


きれいな夕焼けを偶然目撃してスマホを取り出したり、日々の出来事をSNSに投稿したり、健康維持やダイエット目的で食事の内容を記録したり・・・・・・。これらのことは、多くの人がごく日常的に行なっていることだと思います。

「記録」または「アーカイブ」の具体的な行為として、記録物に日付を入れたり(事実としての正当性を保つため)、あるいは日付順に並べて保管したり(後から検索しやすくにするため)するのは、特段の違和感なく受け入れられるのではないでしょうか。それは、本書で「歴史実践」の一つのスタイルであるとされています。冒頭に例を挙げた行為は、見方によっては歴史を紡ぐ作業をしている、といえるわけです。「記録(アーカイブ)する」ことと「歴史を実践する」ことがつながっているということを認識した上で、日本の若き歴史学者がオーストラリア先住民のオーラルヒストリー(口述歴史)について記した本書について、読んでみたのでご紹介します。

 

 さて、「歴史」という言葉を聞くと、私は自動的に「歴史年表」がイメージとして浮かびますが、みなさんはどうでしょうか。「いつ、どこで、だれが、何を、どうしたか」ということが書かれたアレです。歴史学という学問では、この史実性を重んじた事実の共有が、「よい歴史」あるいは「アカデミックな歴史」などと本書では扱われています。実際に私たちが学校で勉強してきた「歴史」は、そのようなあり方でした。その認識がにわかにぐらつかされるのが、本書で紹介されるオーストラリア先住民(特にグリンジという地域)の「歴史実践」のあり方です。少し引用してみましょう。

僕がつきあったダグラグ村のアボリジニの長老たちは、アメリカのケネディ大統領が、グリンジ・カントリーに来たっていうんですよ。来ているわけがないんですよ、僕は当然知っているわけです。しかしかれらには、かれらの歴史の文脈がある。(中略)アカデミックな研究者が、このアボリジニの長老たちが熱心に語ってくれたオーラル・ヒストリーを歴史学の文脈でそのまま引き受けることができるんだろうか、という問題がでてきますね。(中略)くり返しますが「"ケネディ大統領"は、○○のメタファーで・・・・・・」という分析は却下します。なぜなら、グリンジの長老たちは、ケネディ大統領をメタファーだなんて思っちゃいないからです。メタファーに還元してしまっては、グリンジの歴史家たちの歴史分析をちゃんと聴いたことにならない。というか、そもそもそれでは、歴史が相変わらず一元化されてしまう。(p15-16

一見すると荒唐無稽なエピソードを、グリンジの歴史家が「史実である」と唱えたとき、私たちが認識している「歴史的事実」が、唯一絶対のものとして彼らの主張は信用ならないと考えるでしょうか?それとも、私たちの歴史認識が相対化されていくことを感じるでしょうか?そういえば、私たちが学校で習った「1192(イイクニ)つくろう鎌倉幕府」も、実は間違いであったと近年見直されているそうです。私たちの歴史認識は、案外不確かなものの上に立っているのかもしれません。そう考えてみると、歴史の相対化ということに一定の信用が置けるのではないかと感じ始めている自分がいます。本書では、あくまで史実として「もしかしたら、ケネディ大統領はグリンジの長老に出会ったのではないか」という態度を貫き、アカデミックな歴史と先住民の歴史との「ギャップ」を認識しながらも、その「ギャップ越しのコミュニケーション」の可能性を追求したい、と主張しています。

よく分からないながらも、この「グリンジの歴史」がどういうものなのか、少し辛抱強く読み進めてみましょう。

グリンジのカントリーで営まれていた歴史実践は、いつでも、どこでも、誰にでも平等にアクセスできる標準的で教科書のような「歴史」を生み出さないし必要ともしない。そうではなく、特定の人々に、特定の場所で、特定の時間に生じるのが歴史である。また、このように特定の位置を与えられる歴史は、いつでも、どこでも、誰にでも、くり返し生じうる。換言すると、歴史は、人々とかれらのカントリーと、そこに住まう多様な存在者たちとのあいだの繋がりの網目をつうじて産出され、維持されるのである。P98

グリンジの歴史の継承の仕方は、我々現代の日本人が一般的に「歴史」という言葉を聞いて瞬間的に想像する「いつ」「どこ」という情報が曖昧になります。客観的事実の重要性が遠のいて、むしろ倫理的、道徳的にみてどのような教訓があるか、ということに重点が置かれるものである、と本書は述べています。

このことは私たちからすると非常に戸惑いを覚えることですが、実は、少し見方を変えてみると、途端に理解しやすくなるのではないかと私は感じました。つまり、「歴史」を「昔話」と置き換えてみればどうでしょうか。昔話であれば、それが「いつ」であるかは「むかしむかし」という語り始めの言葉に集約され、違和感なく受け入れられます。「どこ」であるかは、これもまた「あるところに」で了解されてしまいます。「昔話」ないし「民話」は、そこで語られる出来事が聞き手にもたらす印象や、教訓が重要視されています。ある意味において、「民話」や「昔話(=昔語り)」というものは、「歴史実践」の一つの形である、と言えなくもないように思われます。しかしながら、「昔話」や「神話」といった領域を、果たして「歴史」と同一視することはできるでしょうか?本書の中でも、先住民のオーラル・ヒストリーを便宜上「神話」「昔話」として括ってしまった瞬間、『「尊重」という美辞麗句に装われた排除の装置が起動する』(p185)と指摘しています。「アボリジニのオーラル・ヒストリーによる歴史分析を紹介することで以下に提示したいこと、それは、アカデミックな歴史学とは異なる場所で営まれている多様な歴史実践を、神話や記憶といった歴史の外部へと排除せずに取り上げる試みである」(p235)と。

むしろ私には、現在という時空を共有していてなお、アカデミックな立場とオーストラリア先住民の立場の間で「多元的歴史時空」が存在しているということが興味深く感じられます。「民話や昔語り」と「史実としての歴史」とを地続きで考えられる可能性について、「別の世界(あるいは別の時空)」との関わりしろを示してくれていると考えるのは、我田引水に過ぎるでしょうか。

日本においてもくり返し「暦」が改められてきたように、確かなもののように感じている時空の認識が改められてきたことを、まさに歴史を通して知ることができます。ひるがえって「コミュニティ・アーカイブ」を考えてみると、単一の歴史時空を超越した「アーカイブ」の形があるのかもしれません。拠り所となる認識が揺らぐ不安を乗り越えたその先に、新たな世界との接続の可能性が潜んでいるかもしれないー。「アーカイブ」の深みをますます考えさせられた読書体験でした。

(出版社のサイト)

https://www.iwanami.co.jp/

飯川晃(せんだいメディアテーク企画・活動支援室)