コラム 2022年10月27日更新

聞いてみた:みんなのアーカイブ/愛知県犬山市


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9月27日、愛知県犬山市で「みんなのアーカイブ」を運営する楠本亜紀さんのもとを訪問しました。「みんなのアーカイブ」は犬山市の暮らしの細部に目を向けて、地域の歴史や文化を取材し、その記録を地域の財産として活用できるプラットフォームを作ろうとしているプロジェクトです。今回私たちが取材を決めたのは、みんなのアーカイブ活動レポートの一文にせんだいメディアテークの名前を見つけたことがきっかけでした。


------これは、2011年3.11直後からせんだいメディアテークの「3がつ11にちをわすれないためにセンター」を中心にはじめられた、「東日本大震災という歴史的な出来事を、個人の立場と視点から記録して、公的に共有し継承していくアーカイブ活動」*にも大きな想を得ている。
*佐藤和久、甲斐賢治、北野央『コミュニティ・アーカイブをつくろう!』晶文社、2018年、p17
(みんなのアーカイブ notehttps://note.com/a4e/n/ne1a2227dfcf6


代表を務める楠本さんは現代写真・写真論を専門としており、北海道の東川町国際写真フェスティバル・東川賞受賞作家展ディレクターを12年間務めるなど、キュレーションや執筆を中心に幅広く活躍する方です。長く東京に住んでいた楠本さんは、2009年、犬山市の少し寂れた城下町の風景に惹かれて、東京からの移住を決めました。「みんなのアーカイブ」を設立したのは移住から10年後の2019年です。アーカイブ活動を始めた動機は、犬山へ移住してから数年の間に街の様子が変わっていくのを目の当たりにし、昭和の名残が色濃く残る城下町の記憶が失われていくことを残念に思ったからでした。

楠本さんの活動拠点は、犬山駅から歩いて5分ほどにある2階建ての建物。1階はときどきカフェやイベントを行うスペースで、2階は美術・写真関連を中心とした蔵書5000冊余りのライブラリーをそなえた編集室となっています。手探りで始めた当初の活動は、昭和の家族アルバムを記憶遺産として残していこうと、顔見知りになったご近所の方たちから「家族の昔の写真があったよ」などと声をかけてもらっては話を聞きにいき、昔の写真を見せてもらう、というものでした。あるとき、捨てるだけだから持って行っていいよと昔の家族アルバム一式を譲りうけます。資料の保管・使用にかかわる権利関係の問題は、せんだいメディアテークの『コミュニティ・アーカイブをつくろう!』を参考に、なんとかクリアにしたものの、自分がこんな貴重な写真をもらっていいものだろうか、と写真を引き取ることに次第にためらいが生まれたと楠本さんは話します。それからは、写真やアルバムのような現物資料の保管や保存は恒久的に管理ができる公的施設が望ましいのではないかと、図書館や市へのアプロ―チを考えはじめたそうです。手探りで始めたからこそ、活動過程で考えを整理しながら取り組みを続けています。
現在、「みんなのアーカイブ」の主要メンバーは5人。それぞれデザイナーやNPO団体職員など、楠本さんと同様に本業の傍らでアーカイブ活動に参加しています。それぞれの得意分野を活かして協働しているそうです。

今年8月末から始まった「犬山の生活史」プロジェクトは、犬山の昭和時代をよく知る方々に話を聞いて、まとめたものを冊子にすることを目標としています。語り手の方たちは長唄の先生や神主さん、漁業組合の方など業種も様々で、それぞれの方が知る犬山の生活を語っていただいているそうです。楠本さんからは事前に聞きたいトピックを伝えますが、それをきっかけに話が逸れたり膨らんだり、基本的には語り手の語りたいことを聞くというスタイルです。中にはすっかり語り慣れている方もいるそうで、「言葉がスラスラ出てくるけど、いつもは話さない記憶も引き出したい。聞いている側もつい情報を聞いてしまいがちになる。情報も必要だが、その方自身が感じたことも聞いてバランスをとりたい。そのために"五感の質問"をする」とのこと。「記憶に残った味」「記憶に残った音」「記憶に残った手触り」など、身体を通して残る記憶を問うことで、饒舌だった人がそれまでとは打って変わって、記憶を手繰り寄せるように話し出す。主要な記録活動のひとつでもある取材やインタビューにおいて、どんな質問を投げかけるかがいかに重要かを強く感じたエピソードでした。

楠本さんは「Landschaft」というリトルプレスも営んでおり、さらに「犬てつ(犬山×こども×大人×てつがく×対話)」という対話の場づくりも2017年から行っています。そのきっかけは、せんだいメディアテークを訪問したときに知った"てつがくカフェ"だそうです。「犬てつ」のユニークな点は"こどもと大人"の対話であること。Landschaftから『こどもとおとなのてつがく時間』という本も出版しています。
出版とアーカイブとてつがく、同じ活動拠点から3つの分野が展開されているのです。この3本の柱は楠本さんによって運営されていますが、写真論を長く専門としてきた楠本さんにとって「みんなのアーカイブ」や「犬てつ」は、それまでの研究ベースとは違う、「現場」をとても重視した試みだといいます。縁もゆかりもなかった土地で、地べたから一から立ち上げた活動はこれまでとはちがうアプローチや文章表現を必要とするため、「ちがう自分のように思える」と話す楠本さんは、地域の活動ではミナタニアキという名前を主に使われているそうです。ただ、すべての活動は、場やモノを「ケアする」という語源をもつ「キュレーター」の役割では一貫するものがあると感じられ、今後、この3つの柱をより横断的につなげていくことも課題であるとお話してくれました。


みんなのアーカイブ:https://note.com/a4e
犬てつ:https://www.inutetsu.org/
Landschaft:https://www.landschaftpublishing.com/






北 友花・佐藤友理(せんだいメディアテーク企画・活動支援室)


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