コラム 2024年03月30日更新

会員寄稿文「わたしにとってのドキュメンタリー」Vol.3 村上浩康


ドキュメンタリー 村上 (1).jpg

※この企画は、みやぎシネマクラドルの活動をより理解していただくことを目的に、「わたしにとってのドキュメンタリー」をテーマに会員が自由に文章を書く企画です。

 

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 ドキュメンタリー作品を作るうえで私が最も大切にしているのは、被写体となる人の魅力を第一に描くことです。ドキュメンタリーというと、テーマとかメッセージとか概念・観念が先走りがちですが、私はそういうものを優先的に主張しようとは思いません。
 被写体となるのは、基本的に自分が興味を惹かれた人ですから、なぜその人に関心を持ったのかを作品に込めたいと思っています。さらに撮影を通じて、その人の知らない部分や新たに発見した側面など、製作者の認識の変化や被写体との距離の変化も、作品に取り入れたいと考えています。
 むろん製作者が見ているのは、その人の一面でしかなく、その人の全てを描くことなど出来ません。ある人の全てを捉える、そんな考え自体が横暴であり不可能なことです。
 かといって漫然とその人を見ることもしません。自分なりの角度でその人を捉え、さらにその人が置かれている状況が、その人以外の世界(つまりは社会)とどう結びついているかを絶えず俯瞰しながら撮影を進めます。
 すると思いもしないことが見えてきます。被写体である本人すらも気づいていない、その存在自体が象徴的に醸し出す、より大きく普遍的な問題です。ドキュメンタリーがオリジナルの視点を得て、テーマというものを宿すとしたら、まさにこの瞬間にこそあるのです。
 このことを発見(あるいは発掘と言ってもいいかもしれません)出来るのは、第三者である撮影者だけだと思います。すなわちここにドキュメンタリーの存在意義があるのではないでしょうか。
 本人すら気づいていない、その人と社会との結びつき。そこには必ずある種の批評性が存在し、そこから普遍性を導き出し、その人が抱える問題を観客にも通ずる問題として再認識してもらう。これこそが私が目指すドキュメンタリーです。
 他人の人生にお邪魔して、その人生を利用して作品を創り、その人と何の関わりもない観客に見てもらう。こんな迷惑でお節介なことが許されるのは、ドキュメンタリーが見知らぬ人どうしの出会いを可能にするからだと思います。
「あなたのことは、わたしのこと」
 誰かと誰かの間に立ち、このような視点を提示することが私にとってのドキュメンタリー製作です。そのためには単なる記録にとどまらない、作品づくりの上での様々な創意工夫が必要になるのですが、それはまた別の機会にでも述べさせていただきます。

 

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村上浩康(むらかみ・ひろやす)

映画監督。宮城県仙台市出身。
作品『流 ながれ』『小さな学校』『無名碑 MONUMENT』『東京干潟』『蟹の惑星』『藤野村歌舞伎』『冬歩き』(オムニバス作品『10年後のまなざし』中の一編)『たまねこ、たまびと』
上記の作品群でキネマ旬報文化映画ベストテン入選、文部科学大臣賞、文化庁優秀映画賞、新藤兼人賞金賞などを受賞。
最新作は『あなたのおみとり』(2024年公開予定)。


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