コラム 2024年11月24日更新

「ドキュメンタリー制作ノート」第8回:完成後の対象との関係


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 ※この企画は、ドキュメンタリー制作における一つ一つのプロセスについて、テーマごとにみやぎシネマクラドルの作り手が文章を執筆する企画です。2024年度の1年間で以下のテーマについて執筆する予定です。

 

1回:企画・テーマ設定
2回:撮影交渉
3回:撮影準備
4回:撮影
5回:編集
6回:試写(対象への確認を含む)
7回:発表(自主上映会・劇場公開を含む)
8回:完成後の対象との関係
9回:失敗談
第10回:フリーテーマ

 

ドキュメンタリーを制作中の人、これから制作しようと考えている人の参考になれば幸いです。

なお、現在、みやぎシネマクラドルの会員がドキュメンタリーへの思いを自由に執筆する「わたしにとってのドキュメンタリー」も連載中です。そちらも是非ご一読ください。

 

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 「ドキュメンタリー制作ノート」第8回:完成後の対象との関係

 

我妻和樹(あがつま・かずき)

 映画を完成させて人に観てもらうことは、作り手にとって何よりの喜びです。僕自身、第1作の上映活動に奔走していたときには、それまで止まっていた時間が一気に動き出し、孤独と感じていたのが一転して多くの人に支えられ、「自分は一人ではない」と思えるようになりました。

 そして映画を完成させることで、撮影対象となった人からも「ああ、我妻はこういうことがやりたかったんだな」とようやく意図を理解してもらえ、それまでの関係が変わって本音を語り合える関係に発展することもありました。その意味では、映画を完成させることではじめて深まる信頼関係もあるのです。

 同時に、映画の完成後も対象となった人の人生は続いていくので、作り手には、映画上映とともにできるだけその人の現在を伝えていくことも必要になってきます。そのときに、上映後のトークで「今は対象との関係が切れてしまった」と言ったら、観客はきっとがっかりして「この映画を肯定して良いのだろうか」という気持ちになってしまうでしょう。

 とくに自主制作のドキュメンタリーの場合、作品は監督の人間性そのものでもあるので、もし対象との関係が悪くなったときに、現実に存在するその人の人生と作品を切り離して、作品だけ上映し続けられるかというと、僕自身は抵抗があります。そのためにというわけではないですが、対象との良好な関係を続けるということは、上映の同意を自然と更新し続けることでもあるのです。

 もちろん、撮影対象となった人全員が常に親密な関係を望むかというとそうではないと思います。それでも、作り手が対象の意思や気持ちに配慮を続けるのはとても大事なことです。

 例えば、通常の上映会は大丈夫でも、DVD化やオンライン配信となると抵抗がある人もいるかもしれないので、その都度対象に確認が必要になります。また、映画を観てくれた人からすると、監督はあたかも対象の一番の理解者であるかのように思われることもあるので、対象の気持ちを勝手に代弁することがないよう、慎重に言葉を発していく責任もあります。

 このように、ドキュメンタリーの作り手には、その人生を通して対象の権利と尊厳を守る義務があるのです。

 なお、最近では撮影や公開に当たって同意書を取り交わす作り手も増えていると思いますが、同意書を作成するに当たっては、作り手の都合を優先するのではなく、対象が安心できるような内容を心掛けて作成するのが良いと思っています。

 

村上浩康(むらかみ・ひろやす)

 映画が完成し公開が終わっても、取材させて頂いた対象との縁が切れるわけではありません。その例として私の「東京干潟」(2019年)のエピソードを記します。

 「東京干潟」は多摩川の河口でシジミを採りながら、街の人々が捨てた十数匹の猫たちと共に暮らす80代のホームレスのおじいさんを取材したドキュメンタリー映画です。4年半にわたって続けた撮影の中で、おじいさんの人生に触れ、思いがけず日本の戦後史が浮かび上がってきました。私としては満足のいく作品に仕上がりました。

 そして映画が完成し上映もひと段落した201910月。多摩川を巨大台風が直撃しました。おじいさんも猫たちも事前に避難していたので無事でしたが、洪水により川辺に建っていたおじいさんの小屋は水没、全ての家財道具が流されました。私はこの時、映画祭で地方に滞在中で、交通機関も止まっており、すぐには駆け付けられませんでした。

 少し迷ったのですが、SNSで映画を見た方々に救援を呼びかけました。すると、次々に反応があり、おじいさんの住む場所や必要な物について問い合わせが相次ぎました。後でおじいさんに聞いたところ、その日のうちに80人以上の人が救援物資(日用品や食糧、キャットフード等)を届けにきてくれたそうです。

 おじいさんは受け取り切れないほどの物資を、近隣に暮らす別のホームレスの方々と分け合い、急場を凌ぐことができました。おじいさんとは会ったことも無い、ただ映画を見ただけの人々が、結果的に多くのホームレスの人たちを救ってくれました。援助は翌日以降も続き、1カ月で300人以上の方々がおじいさんのもとへ駆けつけてくれました。映画が結んだ縁が、映画を見て下さった人たちにも広がり、現実に行動を起こして下さったのです。その後おじいさんとの交流は今も続き、私は度々多摩川へ通っています。

 しかしその一方で、映画に出て頂いたすべての方々と今でもお付き合いを続けているわけではありません。ドキュメンタリー製作には「一期一会の出会い」があり、映画を製作している期間だけの関係となってしまう場合もあります。それはお互いに人生のひと時を共有し、交流を密に結んだ結果として作品が結実し、それが終わればお互いに干渉することなくそれぞれの人生を歩んでいくということです。一見ドライと思われがちですが、このような関係もまたドキュメンタリー製作では往々にしてあり得ます。人生の出会いと同じように。

 

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 <執筆者プロフィール>

 

我妻和樹(あがつま・かずき)

1985年宮城県白石市出身。主な作品に、南三陸町を舞台にした長編ドキュメンタリー映画『波伝谷に生きる人びと』『願いと揺らぎ』『千古里の空とマドレーヌ』など。みやぎシネマクラドルでは2015年の立ち上げから代表を務める。令和3年度宮城県芸術選奨新人賞(メディア芸術部門)受賞。

 

村上浩康(むらかみ・ひろやす)

宮城県仙台市出身。2000年よりドキュメンタリー映画の製作・監督を続けている。主な作品に『流 ながれ』(文部科学大臣賞)『東京干潟』(新藤兼人賞金賞)『蟹の惑星』(文化庁優秀映画)『たまねこ、たまびと』(2023キネマ旬報文化映画ベストテン第3位)など。新作『あなたのおみとり』を2024年劇場公開予定。


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