2023
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コラム 2024年05月27日更新
【結婚指輪エッセイ・その1】結婚指輪の魔法
J・R・R・トールキンのファンタジー小説『指輪物語』に登場する指輪には、身に着けた者が物理的な領域から精神的な領域へ部分的に変移する能力が秘められている。生きている人間のような物理的な存在からは見えなくなり、幽鬼のような精神的な存在からはよく見えるようになるそうだ。
結婚指輪にも、どこかこれに通じる"魔法の力"があるように思う。
既婚者が不倫や浮気をするとき、"結婚相手がいる世界"から自分の姿を消すために指輪を外してみたり。逆に指輪を着けたままの方が興奮するという人もいるのかもしれないが。
そして結婚指輪は"バリアの魔法"も発揮する。結婚指輪を身に着けている人からは、「私を好きになるなよ」という脅しめいたアピールを感じてしまうのだ。
独り身の私の場合、「あの人いいなぁ」と思うと同時に、無意識に目で指輪を探してしまう。そして左手の薬指に指輪を発見しては、「あぁ、やっぱりね。こんな素敵な人は誰も放っておかないか。好きになってもどうしようもないな」と考え、そこで無理やり好きになることを止めてしまう。指輪ひとつに振り回されて、勝手に失恋する。そんな繰り返しだ。
また、対外的なものだけでなく、身に着けている本人に働く魔法の力もあるのではないだろうか。
たとえば、「この人と別れたい」という気持ちが強くなった日。でも今はまだ子供が幼いし、別れた後にひとりで暮らしていけるかな、親にはなんて言おうかなど、心は揺れる。そんな時、ふと指輪が視界に入る。これまで指輪とあなたが共に経験してきた思い出や出来事が走馬灯のように駆け巡る。「もう少し頑張ってみようかな...」そんな風に、指輪が別れを踏みとどまる力を与えてくれることもあるだろう。
指輪を眺めることで、2人の幸せだった時間を振り返ったり、楽しかったデートを思い出してにやけたり、素敵な時間に浸れたり。指輪には恋という魔法を強めてくれる力もあるのではないかと思う。
あるいは、喧嘩したときに怒り狂い、指輪に怒りを込めて遠くへぶん投げてみたことがある人もいるだろうか。イライラした気持ちを一時的に身体から遠ざける、指輪を投げるという行為により一時的に清々しい気持ちになれる力もあるのかもしれない(投げた指輪を後で探すのは大変そうなので、場所を考えながら投げる事をおすすめします)。
『指輪物語』に登場する指輪には、
一つの指輪は全てを統べ、
一つの指輪は全てを見つけ、
一つの指輪は全てを捕らえて、暗闇の中に繋ぎとめる。
という言葉が彫られている。なんと恐ろしく一方的なメッセージだろうか。こんな指輪を着けたらきっと呪われそうだし、幸せにはなれないだろうな。
結婚指輪は、結婚の約束と同意のもとでお互いに着け合うことから始まる。『指輪物語』に登場する指輪のように一方的な思いが込められているわけではない。指輪を着けるその瞬間、お互いが見つめ合い、思い合っているということが大切であるように思う。
そして、その後の結婚指輪を着けるか、着けないかの判断や、気持ちが途切れたときに外すタイミングは個人の自由に任せられる。すでに自由を得た人や、無償の愛を知っている人たちには、指輪そのものの存在や指輪の力はもはや必要ないのかもしれない。
あなたにとって結婚指輪は必要ですか?
【文:キャシー】1977年生まれ、宮城県出身・在住のMtX(男として産まれ、性自認が男でも女でもない)。ノンケ男子ばかりを好きになる永遠の片思い中。