報告 2026年03月09日更新

【レポート】第47回公開ミーティングを行いました


今回のユースてつがくカフェでは、北海道、福島県、山口県からやってきた3人を含む、総勢10人で、「友達の多い人と少ない人の違い」について話すことから始めました。

 

ある参加者は、友達の多い人と少ない人の違いについて、「円」をイメージしました。自分を中心に等高線のような円があり、自分により近い円から、親友、友達、知り合いと変化していくイメージです。知り合いにならないとそもそも友達にはなれないと考えて、円の中心と一番外側の円(知り合いの円)との距離はSNSでいうところの「発信力」だ、とした参加者もいました。

 

最近はAIと友達のように接している人もいます。そのことについて、ある参加者の、友達と線路の下に潜り込んだり、入ってはいけない場所に入ったりしたといったエピソードから、「AIとは、そんな悪友になれるのか」という疑問が投げかけられました。他の参加者からは、信頼関係があるからこそ一緒に悪いことができるのであり、他の人と比べて「特別な扱い」になるのが友達ではないかという意見も出ました。また、「自分のしょうもない部分を見せられること」や、「感情が動き、ときにはムカついたりすること」が友達関係の印であるという意見もあり、そう考えると、AIに対して友情を感じてしまうことにも納得できました。

 

続けて、「自分に被害がある場合でも、相手の失敗を許せるのが友達ではないのか」という問いかけがありました。それに対して、「許せる」の背景には、相手への信頼もあれば、逆に期待していないからこそ許せてしまうという側面もあるのではないか、単に何でも許す寛容な人であることよりも、自分が大切にしていることを理解し共有できることの方が、友達関係では重要なのではないかという声もありました。そのためには、「少年ジャンプ」のマンガの登場人物たちのように、ケンカをしたり、相手のためを思って耳の痛い言葉をあえて伝えたりするプロセスも、ときには必要なのではないかという意見もありました。

 

また、友達は「作る」というよりも、「気付いたらできている」ことが多い、という話題になりました。「友達になる、友達ができる」とは言いますが、「友達をする、友達ができあがる」とは言わないように、友達とは環境やタイミングといった不可抗力によって「できてしまう」側面があるのかもしれません。また、大人には「仲間」や「歌友(かゆう、短歌の感想を言い合える友人のような関係)」など、人間関係を示す名前が多くありますが、小さな子供には「家族」、「友達」、「知らない人」というカードしかなく、誰でも友達に分類してしまうので、結果として小さな子供は友達を作るのが得意であるように見えるのではないか、という考えも出されました。終盤では、人間関係を「おまんじゅう(皮とあんこのように包んだり包まれたりするような関係)」や「カレーライス(カレールーとご飯のように補い合う関係)」に例えてみながら、簡単には定義できない「友達」という関係性の不思議さを確認する場となりました。

 

「ユースてつがくカフェ」は毎月定期的に開催しています。気になったら、気軽に遊びにきてくださいね。