報告 2026年05月03日更新

【レポート】第49回公開ミーティングを行いました


今回の「ユースてつがくカフェ」は、大学生2人と高校生1人が参加してくれました。時間を前半・後半に分けて、それぞれの気になるテーマを話し進めていきました。

 

前半は、過去に取り上げた「わからないってどういうこと?」というテーマの延長戦を試みました。各々の「わからない」を話す中で、難解なテーマの本を時間をかけて理解できるようになった体験や、そうした経験から、文章/解き方/正解など"なにが"わからないのかで「わからない」という言葉の捉え方が変わる、といった意見が出ました。
反対に「わかる」は思い知る/腑に落ちるという言葉でも表現できるという発言があり、これをきっかけに「わかる」の側から考えを深めていきました。

「わかる」という状態を説明すると
・筋道を通して認識すること
・全部が明らかで曇りがなく見えていること
・視点が広がること/知識が増えること
であるという意見が共有されました。

続けて、漢字で書く場合には、分/判/解という字が使われ、いずれも刀()が入っていることから、「わかる」は刃物で切るようにスッパリ分けられる状態ではないか、との意見が出ました。

 

一方で、わかる/わからないが混在したような「理解できるが納得できない」状態への言及もありました。
理解と納得の違いを考える中で、今自分たちが話している「わかる」は"納得"に近い感覚であること、納得とは腹に落ちる感覚であること、つまり「わかる」は身体で感じるものだ、という見解が出ました。先にあがった"視点"や、曇りなく"見えている"という言葉にもつながり、視点=焦点が合っていない状態が「わからない」であるという見解にたどり着き、前半を終えました。

 

後半はテーマを変えて再開しました。参加者の1人は、自己表現としての身なり・装いが、就職活動の場では良しとされないことが気になっていたのだそう。これを切り口に「社会規範の中でどの程度自己主張していくか?(あるいは、して良いのか?)」という問いかけから対話が始まりました。

 

自己主張、自分の色、個性、と少しずつ言葉の表現が変わりながら会話が進んでいきました。
その中で「個性を出すと人との違いが見える。それを目の当たりにすると、"私とあなたは違う"と言われたような気持ちになり、傷つく人もいるだろう」という発言や、「集団の中に様々な役割がある場合は、自分の苦手なことを隠さず、個性として出した方が周りから助けてもらえる」という意見があがりました。

 

そして、後半のテーマを出してくれた参加者から、装いで自己表現したい気持ち(=個人主義)の一方で、自分が属する集団への帰属意識(=他者とのつながり)を持ちたい気持ちもある。そのためには、ある程度社会規範を気にしなくてはいけない。そういう相反する気持ちがあるのでは、と見解が出たところで一つの区切りとなりました。

 

参加者が書いている日記についても話題にのぼりました。「日記を読まれることは、なぜ、いつから恥ずかしくなるのか」、「自分の弱点や裸を見られるように感じる」、「小学生は大勢の前で日記を発表したがり手を挙げる」、「高校生は授業での挙手はしないが、自分の個性を出せる演説の場ではたくさんの手が挙がる」といった身近な場面を思い浮かべる会話もありました。

 

「ユースてつがくカフェ」は毎月開催しています。気軽に遊びにきてくださいね。