報告 2026年07月13日更新

【レポート】第51回公開ミーティングを行いました


今回の「ユースてつがくカフェ」には5人の若者が集まりました。参加者の一人が発言した「過去の自分が作った現在の状況にどう向き合うか」という問いから対話が始まりました。

 

この参加者は、自らの意思で選択した仕事をしているものの、どこか「自分で選んだように思えない」と感じているそうです。学生時代は "まとも"にならなければと必死だったけれど、卒業後に哲学や社会学に触れたことで、自分がその枠組みにとらわれていたことに気づき、これまでと同じ生活を続けることに迷いが生まれた、と語ってくれました。

この"まとも"という枠や社会のルールについて、別の参加者からは「ルールの中でうまくいかなくなったときに初めて枠を疑い、それを壊す。壊した後はまた自分で枠を作り直す、というプロセスを人生では繰り返していくのではないか」という意見が出されました。ルールの中で不自由なく生きられているうちは、そもそも枠の存在に気づけないのかもしれません。

 

また、学生の参加者からは、「周囲に『すごい』と言われることも進路を選ぶ理由になったが、違う進路を選んだ人と比較して辛くなることもある。選択や評価の基準が他人になってしまっている」「自分の関心は定まっていないが、進路を絞らなくてはいけない時期にきている。なんとなく感覚で決めている友人もいる」という思いが共有されました。これに対し、最初の参加者は自身の経験を振り返り、「自分は"まとも"な人間になりたくて選択をしてきた。でも今こうして迷いがあるからこそ、選択をするときは『今の自分の価値観が絶対ではない』と思ったほうがいい」と言葉を返しました。

 

対話は続き、自分の価値観や枠組みを捉え直したきっかけについて、それぞれの経験が持ち寄られました。「自意識と周囲のイメージとにギャップがあり居心地が悪い思いをした」、「いま直面している進路選択がそれにあたる」、「退職と再就職で、社風によって人々の考え方や行動に差があることを実感した」などの体験、さらには「自分とは異なるジャンルの人やネット上の意見との接触」、「映画『火垂るの墓』を観た後に遊んだ『人生ゲーム』が面白く感じられなかった経験」など、多様なエピソードが語られました。社会の一員として生きる中では、自身の周囲や学校教育が推奨する価値観(今回の場合は、仕事に就いてお金を得る"まとも"さ)に沿った選択を取りがちです。私たちが枠の外側へと目を向けるためには、価値観の異なる他者や作品との接触が必須なのかもしれない、という気づきがありました。

 

後半は、初めに挙げられた「この状況にどう向き合うか」という問いが、「状況を"引き受ける"べきか」という言葉に変化して対話が続きました。 参加者からは、「引き受けるとは、自分の選択を全うしようとする気持ちのことではないか」、「悩んでいる時点で、すでに状況を引き受けている、と言えるのでは」、「引き受けない、という選択で状況を変えていくこともできる」といった意見が出されました。最後には、過去の選択が他者にそれほど影響を与えていない場合もあるという発言から、引き受けるか否かという二者択一ではなく、「今、自分の気持ちをどう持っていくか」という内面の姿勢が大切なのではないか、という視点が見えてきました。その後、「大人になることとは」、「利己と利他」、「恋愛における第三者について」など、ゆるやかに話題が移り変わり、終わりの時間となりました。

 

「ユースてつがくカフェ」では、事前にテーマを設けることはせず、集まった人が出し合った「今日話してみたいこと」から対話を始めます。日常のふとした迷いや問いを言葉にしてみたい方は気軽に遊びにきてくださいね。

主催:てつがくカフェ@せんだい/せんだいメディアテーク