報告 2025年07月31日更新

【レポート】第39回公開ミーティングを行いました


 今回は、高校生を含む3名が参加してくれました。今回の対話の中心に座ったテーマは「推し」でした。ここ数年、日常的に使用されるようになった言葉である「推し」。普段、何気なく使っている言葉ですが、「そもそも『推し』とは?」と問い返してみると、「推し」という言葉に含まれている意味がだんだんと立体的に見えてきます。

「『推し』と『ファン』のちがいって、なんだろう?」という問いかけから、対話は始まりました。

「『推し』は、『あこがれ』のような思いを抱いたり、『応援したい』という気持ちを駆り立てたり、『キュンキュンしたい』という気持ちがわき上がってくる存在かもしれない。」

「ところで、『推し』と似ている言葉に『ファン』があるけど...」

「『推し』と『ファン』の似ているところは?」

「不調なときも、元気がないときも、応援することかな?例えば熱心な楽天ファンは、楽天がパ・リーグや交流戦の最下位であっても応援し続ける。それは、『推し』も一緒かな。」

「でも、『推し』と『ファン』には違いがあると思う。」

「プロ野球の応援みたいに、『ファン』には一体感が生まれる。『私たちは、楽天ファンだ!』みたいな。応援歌を歌ったりするし。」

「『ファン』が好きな野球チームを一緒になって応援することとちがって、もしかしたらアイドルやあこがれの俳優を『推す』という行為は、どこまでも個人的な応援なのかもしれない。」

「...というと?」

「『わたしの推し』っていう言葉遣いで、『推し』を表現することがある。だから『推し』は、どこまでも個人的な行為じゃないかな。それに、『わたしの推し』っていうぐらいだから、『所有』とか『所有したい欲望』と繋がっているのかもしれない。」

「ファン」と「推し」の似ているところは、不調なときも、元気がないときも、応援し続けるところ。そのちがいは、「一体的な応援」と「個人による応援」。さらに「わたしの推し」という表現からは、「推し」という存在を所有したい、という欲望が垣間見える、という話にまで展開していきました。

 普段、何気なく口にしている言葉も「そもそも...」と問い直してみると、多種多様な意味が現れてきます。「推し」という言葉を問い返してみるだけでも、「個人」「所有」「欲望」といった意味が浮かび上がってきました。議論を重ねると、さらなる意味が見えてくるかもしれませんね。

 ユースてつがくカフェは、これからも続きます。このレポートを読んでくれた中高生のみなさん、興味があったら、ぜひ遊びに来て、一緒に対話をはじめてみませんか。