2023
03 02
メディアテーク開館
仙台市民図書館開館
報告 2025年11月30日更新
【レポート】第43回公開ミーティングを行いました
今回のユースてつがくカフェは、展覧会「もうひとつの森 『なにもしない』からはじめるメディアテーク」の会場の一角にある丘のようなエリアで実施されました。多くの人が思い思いに過ごす開かれた雰囲気の中、数字の「0(ゼロ)」について考えることから対話を始めました。
ある参加者は「0」について、「存在していないことが存在している」ように扱われることを不思議だと感じたそうです。「0」はいつ発見されたのか、マイナスといった概念よりも先なのか後なのか、みんなで想像を巡らせながら、同じような数字の不思議として、「1/3」についても話が進みました。1/3は、小数としては割り切れず0.333......として表します。「1=0.333......+0.333......+0.333......」の残りの「0..........1」はどこに行ってしまったのか、ある参加者は、ケーキを三等分することを例に、「ケーキを切ったナイフについたクリーム」のようだと表現しました。また、別の参加者は、「29cmの物差しで30cmのものを測っているようなものなのでは、物差しが間違っているのでは」と考えました。
「0」を「ゼロ」と読むときと「れい」と読むときの違いに触れながら、「0」と「無」の違いについても考えてみました。「心を無にする」という表現はありますが、「心をゼロにする」とはあまり言わないような気がします。また、「1」と「-1」が合わさると「0」になりますが、「1」と「-1」があったので「無ではない、何もなかった訳ではない」とある参加者は考えました。また、「0も不思議だけど、同じか、それ以上に1も不思議」という意見もありました。
続いて、「好きなことってどうやって分かるのか」について話しました。ある参加者は、「着たい服と似合う服」の違いから、「ときめきがある好き」と「メリットがある好き」があるのではないかと考えました。また、短歌の歌会に着物を着て参加した男性の様子から、「まわりから浮いているおしゃれ」と「まわりに馴染んでいるおしゃれ」があるという意見も出されました。同じように髪を染めていても、「年齢や時代によっておしゃれに見えたりダサく見えたりする」ことが話題になり、「髪の毛」に話が移りました。
髪の毛は自分の一部ですが、死んだ細胞です。ですが、切り落とされた髪の毛は「生き物のような感じ」があり、藁人形などの「呪い」に使われるなど不気味なイメージもあります。「垢を煎じて飲む」とされる爪との違いを考えながら、続けて身近な「怖さ」や「恐怖症」について考えました。
ある参加者は、「ベッドの下は何かがいる気がして怖い」「部屋の隅っこが、角になっていて、とがっているから怖い」と感じたことがあると話しました。また、「何もない壁」が怖いという意見がある一方で、「壁によってまわりから見えないので安心する」という意見もありました。
「恐怖症」については、高所恐怖症、注射恐怖症など、過去のトラウマ体験が理由になっている恐怖症がある中で、「集合体恐怖症は特にトラウマ体験と関係なさそうだ」という意見がありました。集合体恐怖症については、そもそもどんなところに恐怖を覚えるのか、シダ植物の裏側や、ドット柄を例に、みんなで想像してみました。
てつがくカフェの運営スタッフの「職場で就職氷河期世代の話をしたら、別の時代の話であるモーレツ社員の話だと勘違いされた」というエピソードをきっかけに、「歴史」についても思いを馳せました。ある参加者は、伝言ゲームをした際に「消防車」がいつの間にか「大根」になってしまったというエピソードを引き合いに出し、「歴史は間違って伝わる伝言ゲーム」のようなものだと表現しました。
最後に、「幸せ」について考えてみました。安定した衣食住があるという「変わらない幸せ」と、おいしいものを食べたときの「今この瞬間の幸せ」がある、という意見があり、世界幸福度ランキングにおいて日本の幸福度が他国と比べて低い理由についても考えてみました。ある参加者は「幸せは主観で決めるものであり、今よりも良いものが幸せになる」と考え、比較する対象が見えやすいことを、その理由と考えました。一方で、「『比べる』を挟まないと幸せになれないの?」という投げかけもあり、「比べない」幸せとして「依存」があるのではないか、という話になりました。その後「指を鳴らすときの音はどこから出ているんだろう?」「好きなピザの味は?」という話題で盛り上がり、終わりの時間になりました。
ユースてつがくカフェは、ユースのみんなが自由に思いや考えを語れる場です。
ぜひ、気軽に参加してみてくださいね。