報告 2026年01月03日更新

【レポート】第44回公開ミーティングを行いました


今回のユースてつがくカフェは、年の瀬に開催されました。よく来てくれる参加者がお姉さんを連れてきたり、近くで勉強していた小学生3人組が途中で参入したりと、にぎやかな雰囲気の中で対話が行われました。

 

最初に話し合ったのは、「地球最後の日に何をしたいか」でした。

まず、「ビルの屋上からお金をばらまく」「貯金を全部ブッパする(全部使う)」「自転車で街の中を爆走する」などがあげられました。SNSで広がってしまって生きにくくなるので、そのようなふるまいは明日がある前提では絶対にできないそうです。

一方で、「自分のためにとにかくおいしい料理を作る(食べなくても良い)」「思い出を振り返る」という風に、自分自身と向き合って過ごしたいという意見もありました。

また、自分だけは生き残る前提で、「スーパーに行って生き延びるための物資を集める」「ドラえもんを呼ぶ」「地球のかけらとして残った石に自分の名前を彫る」といった発言もありました。

 

対話をしているうちに、そもそも地球最後の日のイメージが、参加者それぞれで違っていることが分かってきました。

『宇宙戦艦ヤマト』や『北斗の拳』のように、じわじわと地球最後の日に向かう場合は、生き延びる準備をする時間の猶予がありそうです。逆に、『アルマゲドン』のように、隕石が地球にぶつかって粉々になる「一発型」をイメージしていた人もいました。

関連して、そもそも地球に隕石がぶつかったとして、どこまで粉々になれば地球がなくなったと言えるのかについてもみんなで悩みました。また、最近は、地球の終わりのような壮大なストーリーを描くアニメがなくなり、あったとしても、『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』のように、日常系アニメと融合した新しい視点の作品が多いという指摘がありました。

 

次に、ある参加者が「水って何か」と発言したことから話題が進みました。

水は、科学的に見れば酸素と水素が結びついたものですが、「水に流す」「水が合わない」「湯水のごとく」といった慣用句で象徴的に使われることも多く、また、神社の手水のように「浄化」のイメージもあります。「浄化」のイメージについては、「『流れる』という水の性質によるものではないか」という意見がある一方、「流れる」という性質は水以外にもあり、また水には「溜まる」という性質もあることが話されました。

 

「水清ければ魚棲まず」という言葉があるように、人間にとってのきれいな水と、魚にとってのきれいな水は違うということも話されました。海水魚や淡水魚、シャチやイルカといった哺乳類のように、魚の種類によっても「きれいな水」が違ってくるという気付きがありました。

また、「きれいな水」には「(ゴシック体などではなく)明朝体のイメージがある」という意見もありました。続けて、砂糖水やスポーツドリンク、絵の具の溶けた水など、水が主成分の液体を例に、どこまでが「水」と言えるのかについても話しました。

 

その後、「地球が滅びるとして、ハエとしてだったら生きられる場合はどうするか」「本物のお姉ちゃんと、お姉ちゃんの記憶をインプットしたAIの違い」「人間の友達と、友達のようにふるまってくれるAIの違い」「完全な嘘と、嘘だけど確定していない嘘の違い(例えば、『昨日津波が来た』という嘘と、『明日津波が来る』という嘘の違い)」「面白い図形」「子供のころ、鬼ごっこなどの遊びに感じていた楽しさの不思議」「年越しの瞬間にジャンプしようとする人がいるのはなぜか」など、いろいろな疑問を共有しました。

 

ユースてつがくカフェは、みんなの疑問を共有して一緒に考えたり悩んだりできる場です。

ぜひ、気軽に参加してみてくださいね。