コラム 2024年08月28日更新

一本の(  )から考える○○のこと:トンネルを吹き抜ける風


堀口徹(ほりぐち・とおる|建築映画探偵、建築批評家、近畿大学建築学部)

 

河瀨直美監督がカンヌ国際映画祭グランプリ(審査員特別大賞)を受賞した『殯(もがり)の森』(2007年)を取り上げようと思って原稿を書き始めている。この映画の主なロケ地は、奈良市東部の山間部、田原地区である。田原地区の日笠町にある古民家とそれに隣接してある茶畑を舞台に設定し、いわゆる施設ではなく、改修された古民家で家族的な親密さで暮らす老人ホームの入居者たちの日々を描いている。老人ホームといっても、単に高齢者であるとか認知症が進んでいるということだけでなく、人生の過程でそれぞれに大切な人を失った悲しみを抱きながら、生きているとはどういうことかを考えながら人生の終幕に向けた日々を実践している人たちがひとつ屋根の下で暮らしている。スタッフのリーダー(渡辺真起子)は役者でありながら、介護のプロのように入居者たちの記憶や痛みを引き出そうとする優しい口調。尾野真千子演じる真千子は新人スタッフで、なぜか一番世話の焼けるしげきさん(うだしげき=ならまち文庫の主宰者)の世話を担当する。自転車で帰宅する真千子の自宅は、意外と遠くて、近鉄奈良駅東に位置する東向北商店街と花芝商店街を抜けた先にある町家(うだしげきが運営していたならまち文庫・古書喫茶ちちろ)だろうか。亡くした息子の遺影が飾ってある座敷の格子窓に設えられたカウンターテーブルが古書喫茶ちちろにあったものと同じように見える。奈良茶の栽培でも知られる田原地区の伝統的な茶畑の風景。丘の稜線から左右に整然と滑らかに畝が流れる茶畑の尾根や畝間でかくれんぼをするしげきと真千子(しげきは亡くなった妻・真子に重ねる)の姿は、大きな屋根面の上に迷い込んだ小人たちのようにも見えて、縮尺の違う空間を見ているような不思議な感覚を覚える。一方、物語の後半でしげきと真千子が散歩の途中で迷い込んでしまう森の中は(ロケ地は春日山原始林?)、茶畑とは対照的な無秩序にみえる生態系の世界で、制御不可能な豪雨やそれに引き起こされた鉄砲水など、人智を超えたやはり縮尺の違う生命的な営みを見ているような感覚を覚える。ところで森の中のようなロケ地は、構築環境の中に手がかりを見出して調査を進める建築映画探偵にとって大変に手強い。だからこの作品についてはこのくらいで勘弁していただいて、同じ河瀨監督の『萌の朱雀』(1997年)を取り上げてみたい。

 

トンネルの映画

 「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。」かの有名な川端康成の『雪国』の書き出しである。映画においても、あるいは映画においてこそ、印象的なトンネルのシーンが出てくることが多々ある。建築家・鈴木了二は『建築映画/マテリアル・サスペンス』(LIXIL出版)の「青山真治論 マテリアル・サスペンス」の中で、青山真治監督の『Helpless』や三宅唱監督の『Playback』などを参照しながら、「トンネル映画と名付けたい映画群」があると述べている。曰く、「トンネルはふたつの世界を繋ぐ。あるいは意識化させる。しかもこのふたつの世界は、あいだにトンネルが介在することによって極端に対照的な性質を帯びる」、そしてトンネル映画と呼ばれる映画群は「いずれも異次元を結びつける」ものである、と。

『殯の森』に先立つこと10年前。河瀨監督は『萌の朱雀』でカンヌ国際映画祭カメラ・ドール(新人監督賞)を受賞している。この映画は恋尾村という架空の山村が物語の舞台となっているが、撮影は五條市西吉野町(撮影時は吉野郡西吉野町)で行われている。田原孝三(國村隼)は、妻・泰代(神村泰代)と年老いた母・幸子(和泉幸子)と高校生になるひとり娘のみちる(尾野真千子)、そして甥の栄介(柴田幸太郎)の5人で山深い集落にある一軒家に暮らしている。孝三は農業のかたわら、村を貫くように計画された五新線という新しい鉄道建設の現場で働いている。孝三は、姉が村を出て行ったときに置いて行った甥の栄介を、実娘のみちると兄妹同然のように育ててきたが、年頃になったみちるは栄介にほのかな恋心を抱き、一方の栄介は泰代に特別な感情を抱いている。

五新線は、吉野杉を奈良の五條から和歌山の新宮まで陸路で運ぶために紀伊半島の中心を貫く鉄道線路構想で、実際に国鉄が計画し、途中まで建設されながら中止された未成線である(前回取り上げた「一本の映画から考える三つの新宮のこと」への映画を超えた補助線にもなっている)。その未完成の遺構が五條市西吉野町の各地にも点在している。鉄道開通に先立ち、完成した路盤がバス専用道路として使用されていた区間もある。映画の中でも現実においても、村人たちの中には鉄道路線としての完成を願う声と、停留所の多いローカルなバス路線としての継続を願う声が混在しており、寄り合いはしばしば紛糾してしまう。やがて国鉄による計画凍結が決定されて、孝三は仕事を失い、この村の未来に対する希望も見失ってしまう。五新線の建設計画を象徴するかのように、映画の中に実際の五新線のトンネルが登場する。そのいくつかはすでにバス専用道路として使われており、みちるが高校に通う際にそのバスに乗るシーンがたびたび登場する。また、いくつかのトンネルは建設途中で開通していない。

『萌の朱雀』は、この五新線計画に翻弄される厳しい山間集落の人々の暮らしの機微を孝三たち一家の日々を通して描いている。先述の鈴木了二の定義を借りるならば、この映画も「トンネル映画」と呼ばれる映画群に名を連ねて然るべき作品である。『萌の朱雀』には、五新線のトンネル群(の遺構)、さらにはいわゆるトンネルではないがトンネル的に異次元世界を示唆する時空間の裂け目が存在する。その時空間の裂け目は、樹木、吊り橋、民家、8ミリカメラ(映写機)などに偏在する。

 

感情を増幅させるトンネル

この映画のロケ地は山間部に限られた居住可能な小さな平地が離散する西吉野町のあちこちの集落に分布しているが、登場人物たちが暮らす環境は徒歩やバイクでも移動可能な、ある程度凝縮された村落共同体として描かれている。離散と凝縮が共存する不思議な距離感が宿っている。トンネルの話に入る前に、物語の舞台となる恋尾村(そしてそのロケ地となった西吉野村)の地形と風景が持つ、トンネルとは対照的な運動の性質を見ておきたい。孝三たちが暮らす山頂付近の家は、土間におくどさんのある台所のシーンから始まる。すぐ外には山の水を引いた水場があり、隣家は谷を挟んだ遠くの山の斜面に建っている。隣の山肌が見える距離感。子どもたちは山から引いた水を浴び、木登りをして空に包まれながら遊んでいる。平らな地面は見えない。見えるのは山と空をわける稜線。小学校と幼稚園から帰ってくる子どもたちも郵便配達人も、車やバイクでは登れない急峻な斜面をよじ登る。人物たちがとにかく画面を斜めに横切っていく。垂直でも水平でもない斜めの動きなのだ。少しまとまった平地がある孝三たちの家の庭先には魚屋がトラックで行商に来る。近くには生鮮食品を売っているスーパーなどない。火で暖を取っている。父親が仕事帰りに持ち帰るお土産もカブトムシなど自然界に存在するものである。水と蝉と山鳥の鳴き声、庭先に吊るされて風に揺れる風鈴の音が静かに聞こえる。

みちるたちの家のまえの山道には(ジブリ風の)樹木のトンネルがある。小学生の栄介と幼稚園児のみちるが手を繋いで歩いて帰宅する時にくぐり抜ける。家族が五人で墓参りを兼ねたピクニックに出かけるときも、似たような樹木のトンネルをくぐる。小学校の帰りにみちるの幼稚園に寄ろうとした栄介が、前を歩く泰代の後姿をみて特別な感情を芽生えさせるシーンでも、幼稚園近くの道を樹木がトンネル状に包み込んでいる。みちるたちの家の前にあるジブリ風のトンネルは、成長したみちるたちが描かれる後半においてもしばしば登場する。家という世界の外に出て、栄介が働く料理旅館で仕事を始めた泰代が疲労で倒れたことをみちるが栄介から知らされるのも、そして8ミリカメラを携えて家を出た孝三がくぐるのも、この樹木のトンネルである。家とその外の世界のあいだにある結界として、あるいは家族に対するそれまでとは違う感情が芽生える際に通過するのが、この樹木のトンネルなのだろうか。

 

不在あるいは外部を予感させるトンネル

家族五人でピクニックをしているとき、孝三と母・幸子は、孝三の姉が村を出て行ったこと、そのときに置いていった子どもが栄介であることを語る。その直後、孝三は(おそらく自分の仕事の現場を見せるためだろうか)幼い栄介とみちるを連れて五新線のトンネルに向かう。入り口に立つ三人。トンネルを吹き抜ける風の音、稲穂をたなびかせる風の音が畏怖の感覚を揺さぶるなかに、なぜか孝三たちの家の縁側に吊り下げられていたものと思われる風鈴の音もかすかに聞こえる。トンネルの入り口で立ち竦む栄介に対して孝三は、怖いか?と聞く。続けて、姉貴に(つまり栄介の母親に)会いたいか?と聞く。三人の前に続くトンネルは長くて暗い。「聞く」という字は「耳」を「門構え」で包むが、「音」が「門構え」で包まれると「闇」という字になる。三人は闇の遠く向こうに見える小さな光に向かって歩き出すが、三人がその光に到達する前に、小学校を下校した栄介が幼稚園にみちるを迎えにきた泰代と三人で歩く樹木のトンネルのシーンに切り替わる。不在の母親のイメージを泰代に重ねているのか、それとも...。栄介の心情に芽生えつつある変化を樹木のトンネルが包み込んでいる。三人の足音に、あのトンネルの音、そして風鈴の音が重ねられている。

15年後。おくどさんのある台所の朝の風景は変わらない。自分よりもはるかに背が高くなった栄介に対して、泰代は自分も栄介が働く料理旅館(ロケ地は西吉野町から山を越えた先にある洞川温泉の光緑園西清)に働きに出る決意を伝える。台所を出た庭先の水場で歯磨きするみちるの一連の動作が清々しくて素晴らしい。歯磨き以外にも焚き火や洗濯など、生活の機能のいくつかが庭先に展開されている。集落の隣人が高齢の父親を村外の老人ホームに預ける挨拶に来る。姥捨山が頭をよぎったのか、複雑な表情を見せながら、孝三は、幸子、泰代と並んで深々と別れのお辞儀をする。夜に行われた村の会合で五新線建設凍結が伝えられる。子供たちや村の未来を思い悩む孝三の横顔。村にはどこにも通じないトンネルだけがつくられてきたのか。そして多孔質になった村から、少しずつ、村人が流れ出していく。

 

異空間としてのトンネル

高校生になったみちるは、バス停まで栄介にバイクで送ってもらっている。バスは一台が通過するのにギリギリの小さなトンネルの向こうからやってくる。国鉄と書かれたこのバスは五新線の路盤を走る路線バスである。バス停でみちるを降ろした栄介が仕事に通う料理旅館はトンネルの向こうにある。トンネルの向こうは村の外側の世界。そのバス停に家から向かう途中に吊り橋がある。実際、西吉野村の山間を蛇行する丹生川には吊り橋が数カ所架かっている。再び、鈴木了二を引用するならば、トンネルと橋は似ているところもある。

「(トンネルの)分断と連結の機能は、建築的には橋とも共通する。繋ぐべき二つの場所が一定以上の距離で離れていなければトンネルも橋も成立しない。」

成長し、バイクで家を出る栄介やみちるの速度にとっては家の前の獣道を覆うジブリ風の樹木のトンネルではなく、この吊り橋がある種の代替的な結界として機能しているだろうか。この吊り橋は、高校から帰るみちるを乗せた栄介のバイク、料理旅館での初日を終えた泰代を乗せた栄介のバイクが通る。8ミリカメラを携えて家を出た孝三が最後に通るのもこの吊り橋。

『萌の朱雀』という映画、その舞台となった西吉野町の風景において、トンネルと橋は「分断と連結」以外の機能も持っている。急峻な山の地形に集落が形成された西吉野において、トンネルや橋といった土木的なインフラ空間は、人間が身体で大地を掴むのとは違う、水平的で直線的な運動を生み出す空間である。幼い頃の栄介とみちるが登下校時に歩く獣道、郵便配達員がバイクを乗り捨てて駆け上がる斜面地、孝三と泰代が畑山のなかを降りるジグザグ道。蛇行する渓流の上空に架かる橋も(山の地中を貫通するトンネルと違って闇はないとしても)、鈴木了二に倣いトンネル的なものだとするならば、西吉野の地表面から離れた位置に生み出された、水平的で直線的な動線空間である。トンネルは、孝三たちの生活風景のなかに異空間として存在している。

 

多重的な結界としてのトンネル

下校時にバス停(ロケ地は五條高等学校賀名生分校跡に向かう五新線道路跡地、国道168号から丹生川を渡った対岸)でみちるを下ろした国鉄バスが通り過ぎるのと入れ違いで、トンネルの向こう側から栄介のバイクがやって来る。仕事初日を終えた泰代をバイクの後部座席に乗せた栄介たちが二人乗りで家に帰る姿をバスの中から目撃したみちる。みちるは翌朝、バス停まで送ってくれた栄介に、学校が終わる夕方にまたこのバス停まで迎えに来てくれるように約束をする。このとき、バスがやってくる方向だけでなく、バスの進行方向にある橋の先にあるもうひとつのトンネルがカメラに映り込む。みちるが通学に使うバス停は実はふたつのトンネルに挟まれた道にある。朝に家からバス停までみちるを乗せて送る栄介のバイクは、どちらのトンネルを通ることもなく、脇道からバス道に出てくる。栄介が通う料理旅館、あるいはみちるが通う高校など、恋尾村から外の世界に行くために、バスは前後いずれかのトンネルを抜ける必要がある。映画に描かれる恋尾村の集落はふたつのトンネルに挟まれており、その中にあるみちるたちの家は、吊り橋や樹木のトンネルといった多重的な結界に囲まれている。(料理旅館から二人乗りで帰宅する栄介と泰代がなぜ後方のトンネルから来なかったのかは動線的に謎だが...。)ところで、泰代をバイクに乗せて帰るために栄介が迎えにくる細い斜面路地のシーンが魅力的だ。栄介は遠慮がちに荷台に座った泰代に手を添えて、もっとしっかり抱きつくように誘導する。バイクに乗る二人を捉えたショットの背景には木製やプラスチック製のビールケースが積まれている。その中にかろうじて土佐治翁醤油の文字が読み取れて、この路地が酒屋の裏道であることがわかる。これは舞台設定に忠実で(栄介と泰代が働く)洞川温泉にある光緑園とそれに隣接する更谷酒店のあいだの路地である。ちなみに、みちるたち五人が暮らす一軒家のロケ地はバス停のロケ地から車で30分ほど離れた西吉野町平雄集落にあるが、栄介のバイクがバス道に入ってくる脇道を奥にずっと進んだ山頂付近に「山里cafe一本の樹」(臨時休業中)という一軒家がある。もしかしたら本来はこの一軒家が、みちるたちの家としてイメージされていたのだろうか。

バス停に迎えに来てもらう約束をした日、みちるが高校で授業を受けるシーンがある。ミチルは栄介のことで頭がいっぱいで、授業はうわの空のようだったが、古文教師が解説していたのは『平家物語』のなかの「沙羅双樹」の意味であった。後にこの家族に起こる出来事や、数年後に河瀨監督が撮る映画のタイトルが『沙羅双樹』であることを考えると予言的なシーンである。一方、この日、仕事二日目を迎えた泰代は、疲労から料理のお膳を運ぶ途中で倒れてしまう。その看病のため栄介はみちるを迎えに行くことができず、みちるはバス停で待ちぼうけをくらう。泰代の容体が落ち着いた頃、思い出したようにみちるを迎えに歩いて家を出た栄介は、ちょうど歩いて帰ってきたみちると、かつてよく幼少期に小学校と幼稚園の帰りに一緒にくぐった獣道の樹木のトンネルの下で出会す。母親の容体を聞いたみちるは急いで斜面地を駆け上がり家に向かう。五新線が村と外部のあいだの結界だとすると、この樹木のトンネルは家族と外部のあいだにある結界だろうか。トンネル工事現場の仕事を失った孝三、新しく料理旅館で仕事を始めた泰代、泰代に対する自分の感情を自覚し始めた栄介、栄介への気持ちに揺れるみちる、家族たちの変化を静かに感じ取る幸子。

 

両儀的な世界としてのトンネル

村や家族のあいだに芽生えたさまざまな変化がいよいよ同期し始めたある夜更けに、孝三は好きなレコードをかけて聴く。そして翌朝になると8ミリカメラを携えて家を出る。劇中にレコードで聴いていた茂野雅道氏の「家族のテーマ」が劇伴として流れ続けるなか、孝三は山道を下り、緑のトンネルをくぐり、吊り橋を渡る。吊り橋の途中ですれ違った村人に対して丁寧に頭を下げて辞儀をする孝三の姿が、施設に送り出される隣人の親に対して挨拶をしたときの孝三の姿と重なる。座敷に座り遠くの山を眺める幸子。孝三がなぜ家を出たのか、全てを知っているのだろうか。風に揺れる風鈴の音が静かに鳴っている。樹木のトンネル、吊り橋を通り過ぎて孝三が辿り着いたのは、いつか栄介とみちるを連れてきたトンネルの前である。五新線計画が凍結されたためか、入り口がバリケードで封鎖されている。トンネルを吹き抜ける風の音に、風鈴の音が重なる。風鈴は家の座敷で孝三の母・幸子が聞いているはずの音。孝三が見ている風景は幸子にも見えているのだろうか。その後、孝三は行方不明となる。

数日後、五條警察から、孝三の8ミリカメラを持った人物らしき遺体が見つかったという連絡を受けて警察署に向かう四人。遺体が孝三であるかを確認にするため安置所に向かう警察署の廊下は暗く、最奥の扉だけが開いており、トンネルそのもののような空間である。そのトンネルを進んだ先にあるのは孝三の遺体なのか、それとも...。かつて孝三、栄介、みちるがトンネルの出口まで辿り着かなかったように、安置所に向かう廊下(トンネル)を歩く四人もまた出口まで辿り着くことはなかった。遺体は孝三だったのか、そうでなかったのか。

映像が切り替わり、西吉野町の人々や風景が映された8ミリフィルムの映像が挿入される。吊り橋ですれ違った人も。孝三以外の家族4人が食事をしている風景も映されている。お盆に死者を迎えるための立川渡献灯祭の準備の風景など。挿入されたこのドキュメンタリー調の西吉野の映像に映る場所はどこなのか。地元の老人や子どもたちが橋桁に座るシーンのロケ地特定がなかなか難しかった。橋桁の低いコンクリート造の橋の先は道がカーブして、その先に店舗が数軒並んでいる。橋の袂にはおそらく「茄子原」と書かれたバス停がある。茄子原は西吉野町にある集落のひとつである。バス停に隣接して、ヘアーサロン・ミヅモト(短髪の老人のクローズアップの背景に同じ看板が映り込んでいる)、同じ道を反対側から切り返したショットにはヘアーサロンの手前にある和泉モータースと書かれたガレージが確認できる。このロケ地の特定が困難を極めたのには理由がある。実はヘアーサロンも和泉モータースも閉業もしくは移転したのか、現存しないのだ。それだけでなく、県道49号(勢井宗川野線)の付け替え工事に際してヘアーサロンは道路用地として摂取されて、道路線形が変化し、それにともない橋も付け替えられていたのである。村人たちが橋桁に座り、川の上で涼んでいた橋は、ものとして現存するかも知れないが、橋としては使われていないのだ。それでもロケ地の特定に至ったのは、かろうじて読み取れた「茄子原」と書かれたバス停の地名、そしてヘアーサロンと和泉モータースを電話番号検索したうえで候補地を絞り込み、ストリートビューで後背地に残る民家など周辺に残存する構築物が手がかりとなった。

 

決別への移行としてのトンネル

屋根の上に座るみちるの視線の先に、家を出て、当てどなく山道を歩く泰代の姿がある。孝三が家を出て行ったときと同じような服装。座敷にいる幸子は、家を後にした泰代の気配とその気持ちを感じ取ろうとしているのだろうか。道ですれ違った栄介の呼びかけにも応じず、ひたすら歩き続ける泰代を襲う突然の雷雨。お寺(西吉野町の西方寺)で雨宿りをする栄介と泰代は本堂ではなく、その縁の下に潜り込む。雨が上がり、斜面地に建築する吉野建(懸造りの一種)のような高床式の縁の下から出てくる二人。その上は雨戸を閉じ切ったお寺。同じように閉じ切ってあった家の雨戸を開くみちる。夏祭りに出かける栄介とみちる。家に戻ったみちるは、子どもの頃に孝三と栄介と三人で入った檜のお風呂に一人で浸かっている。「しばらく実家に帰るけ?ここは辛いやろし。」と泰代に問いかける幸子。家を閉じていた建具を開きながら。つまり家を開きながら。孝三が姿を消す直前に訪れたトンネルに足を踏み入れる栄介。幼い頃、孝三に連れてきてもらったトンネル。母親に会いたいか、と聞かれたトンネル。三人で歩いた時の記憶(映像)がフラッシュバックする。トンネルの向こう側に向かって走る栄介。栄介もある覚悟を決めたのだろうか。「みちるどないする?」という泰代の問いかけに対する「お母さんは(実家に)帰りたい?」というみちるの答え。その英語字幕が「Do you want to leave us?(わたしたちを置いていくの?)」となっていた...。泰代はひとり娘であるみちるに、自分とは別の選択肢があることを示唆していたのだろうか。翌日、高校から帰ってきたみちるに、泰代は庭で見つけた蝉の抜け殻を渡す。蝉は17年周期で成虫になって飛び立つとも言われるが...。高校生のみちるもちょうど17歳くらいだろうか。この村から飛び立つときがきたのか。その夜、みちるは栄介に好きな気持ちを伝えた上で、別れを伝える。夜の屋根に二人で上がり、最後の夜を過ごす栄介とみちる。

 

記憶が流れ続けるトンネル

最後の朝食の食卓。孝三が座っていた場所だけ、ぽっかりと空いている。朝食のあと、孝三の8ミリフィルムに残されていた映像を上映する四人。孝三が最後に家で聴いていた音楽をかける泰代。映写機の光がまっすぐこちら(観客席)に投影されている。スクリーンには西吉野町の村人たち、村の風景のポートレイトが映し出されている。穏やかな時間が流れている。ヘアーサロン・ミヅモトを背景に立つ短髪の老人。警察署の廊下のシーンの直後に挿入されていた8ミリフィルムの映像は、孝三が残した8ミリフィルムの映像の一部だったことがわかる。映写機もまた(そしてキャメラもまた)ある種のトンネルのような空間である。そのトンネルの奥から、孝三が最後に見つめて記録した風景が流れ出てくる。自分だけがいない家族の食卓の風景、吊り橋ですれ違った村人との挨拶の意味がわかった途端、涙が流れてくる。孝三は、家族をこの村に残したまま自分勝手に姿を消したと思っていたが、家族をこの村に縛り付けていた自分という存在を消すことで家族を開放したのかも知れない。8ミリカメラを通して感じられる家族や村人、そして村の生活や風景を見つめる孝三の眼差しはとても穏やかで優しい。

いよいよ家を出て、村を後にする泰代とみちる。土間の手前と奥の建具が開放されて、土間の暗さの向こうに、山の風景が見通せる。家そのものがトンネルのようにも見える。そのトンネル的な家を通り抜けてくる泰代とみちる。栄介も職場である料理旅館の近くに引越し、幸子も孫の栄介について行くことになり、家族全員が、この家、この村から出て行くことになった。軽トラックの荷台に座って後ろを向きながら、ドナドナのように家をあとにするみちるの動線は、この山の地形らしく斜め下方向にフレームアウトしていく。山の斜面に建つ家を見つめたまま離れていくみちるの視界はトラックバックで流れていく風景のように、名残惜しさに満ちているのだろう。その視線の先に徐々に小さくなっていく家が開放的なトンネルとして映し出されている。庭で色々なものを燃やして処分する栄介。その側の縁側で子守唄を歌いながら眠り込む幸子は、穏やかに息を引き取っていくようにも見える。風鈴の音がなっている。窓という窓が開放された家。風だけが通り抜ける家。この家に誰も住まなくなっても、風鈴が縁側に吊るされている限り、風が吹けば音を鳴らし続けるだろう。誰も通り抜けないあのトンネルも、風が吹き抜ければ音を鳴らし続けるだろう。この家、この村に住んでいた頃の家族の日々を孝三が撮っていた8ミリフィルムの映像が流れている。

  

最後に、個人的なことを少し。

 

故郷仙台を離れて12年。現在は、近畿大学に在籍しており、和歌山県の南紀白浜をはじめ、紀伊半島を地域リサーチのフィールドにしている。以前執筆した「一本の映画から考える三つの新宮のこと」で取り上げた新宮と地続きの、同じ紀伊半島にある奈良を主題とする河瀨監督の作品は、今こそ見直してみたい映画である。特に『萌の朱雀』は、奈良県五條市から熊野を通過して和歌山県新宮市までを結び、吉野杉などの木材資源を内陸から太平洋に運ぶ未成の鉄道構想である五新線の遺構が登場する。現在、大阪駅を起点に、白浜駅と新宮駅を繋ぐ紀勢本線は廃線危機に直面しており、地元の民間企業や協会、自治体などがその存続を視野に動いている。そのような背景もあり、紀伊半島をロケ地とする映画群を見て(あるいは改めて見直して)、実際に電車で紀伊半島に足を運んでいただけるきっかけになればと願っている。

 

「書を捨てよ 町へ出よう」改め

「映画を携えよ 地域へ出よう」

 

 

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『殯の森』(監督:河瀨直美/2007年) (せんだいメディアテーク映像音響ライブラリー所蔵)

『萌の朱雀』(監督:河瀨直美/1997年)


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